『メルサスの少年 ~螺旋の街の物語~』/菅浩江 ◎

私の中では、〈ひと〉と〈機械〉の狭間で揺れ動くものたちを描くSFファンタジーが菅浩江さんの最も美しいジャンルだと思っていたのですが、そんな思い込みを打ち破って〈少年少女の迷いと懊悩に満ちつつも、清々しい成長〉を描いた作品でした。いやぁ、素晴らしかった。なんというか、とても胸に迫る作品です。『メルサスの少年 ~螺旋の街の物語~』は、私の好みにピッタリの、幻想的で美しく力強い物語でした。読んでいて、とても心地よかったです。 貴重な鉱石を産出するパラサ鉱山のほど近くに存在する、すり鉢状の歓楽の街・メルルキサス。そこに住まうのは、身体的変化(人間と動物などのハイブリット形態)を遂げた遊女たち。すり鉢の底から反転して広がる地下空間には、身体的変化を迎える準備をしながら暮らしている乙女たちがいる。身籠もるはずのないメルルキサスの女から生まれた唯一の子供・イェノムは、街の女たちに可愛がられ揶揄われ、いつまでも子供扱いされることに不満を持っていた。日常に不満を持ちつつも平和に暮らしていたイェノムと、穏やかであったメルルキサスに訪れた危機。それは、世界支配を目論むトリネキシア商会の、パラサ鉱山の強行採掘と地下の乙女の一人であるカレンシアの引き渡し要求だった。 迫りくる圧力から逃れるすべも、交渉する余地もない彼ら。子供であるがゆえに情報から隔離され、街唯一の男として何かしたいともがいても、叶わないイェノム。地下空間に放牧される生物・ラーファータの時季外れに生まれたトクウも唯一の牡で、イェノムならトクウの言葉が分か…

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『楽園の烏』/阿部智里 〇

阿部智里さんの〈八咫烏世界シリーズ〉、第2部開始!です。1部で描かれた山内という世界とその危機、2部ではどう展開しているのか?と思っていたら、『楽園の烏』というタイトル。なんだか、意外なネーミングだと感じられました。 タイトルにに微妙な違和感を覚えながら読み始めると、だんだんにその違和感の正体が明らかになって来ます。気まぐれな養父から「荒山」を相続した青年、安原はじめ。養父は正確には死亡したわけではなく、失踪から7年を経て死亡認定され、その遺産として彼に残されたその山を巡って、入れ代わり立ち代わり「荒山を売って欲しい」という者たちが現れる。彼らの存在にキナ臭さを覚えていたはじめの元に「幽霊」と名乗る美女が現れ、急激な逃避行が始まる。彼女に言われるがままに箱詰めになったはじめは、トロッコに乗せられとある場所に到着。そこは、人界ならぬ「八咫烏たちの世界=山内」であった。その八咫烏の代表としてはじめに交渉を持ちかけてきたのは、〈雪斎〉・・・私たち読者の知る〈雪哉〉の20年後の姿であった。 最初はね、おお~雪哉だあの雪哉だ、なんて喜んでたんですけどね。猿との闘いの最後に「弥栄」を叫んだ雪哉のやるせなさからするに、「山内にどんな苦渋の日々が流れたんだろう」「雪哉がこの地位に上り詰めるまでに、どれだけの困難や苦悩があっただろう」と、なんだか悲しくなってくるわけですよ。しかも、雪斎は取り澄ました食えない人物として、描かれる。あ~、冷静に山内を思うがゆえに冷酷にならざるを得ず、もともとの非情さに磨きがかかっち…

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『草々不一』/朝井まかて 〇

これは、江戸町人の日常を描いた『福袋』と対を成す作品ですねぇ。本作『草々不一』は、時代は同じく江戸期、描かれるのは武家社会。と言っても、華やかな職に就く有名な人々ではなく、浪人者だったり出世に悩む者だったり、「武士たるもの、こうあらねば」という面目を保つために、迷ったり苦心したりする、なんとも人間味の深いものたちの物語です。やっぱり朝井まかてさんは面白いですなぁ。 実を言うと、最近身の回りがバタバタしていて、読書に時間を割けない日々が続いておりました。数ページ読んでは次は翌日、まとめて2章読めたかと思えば翌日はまるきり読めなかったり。それでも、読み始めればすぐにその世界に入っていけて、登場人物たちと一喜一憂することが出来るという、朝井さんの筆力の素晴らしさですよ。登場人物が皆、魅力的。意地っ張りなお武家様。数少ない奉職を争う御家人たち。内助の功の妻を見守り続けた忠犬。剣術道場の娘・・・。それぞれが、自分の「場」で、己を通して生きている様をつぶさに見るにつけ、心が温まりました。 やはり、表題の「草々不一」が秀逸。武芸を持って仕えていることに誇りを持つ徒衆だった忠右衛門が、妻の死後に気が抜けたようになっていた時、息子からもたらされた妻の遺言。妻の詫びたいこととは何なのか。漢字が読めぬ忠右衛門は、手習い塾に通いながら漢字の読み書きを習得し、その遺言をやっと最後まで読むことが出来た。妻の配慮。妻に褒められた喜び。孫が生まれる喜び。妻が忠右衛門に伝えたかった〈読み書きの向こうにある世界〉、それは物語読み…

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