『もう、聞こえない』/誉田哲也 ◎

誉田哲也さんといえば、硬派な警察組織シリーズ〈姫川玲子〉シリーズや青春武道少女たちの〈武士道〉シリーズなどを読んできましたが、本作『もう、聞こえない』は、これらとは別の作品です。例によって「なんで〈読みたい本リスト〉入りしたかわからなくなっちゃった」系だったんですが、まあ、誉田さんならハズレはないよねきっと、と読み始めて、読んでるうちにどんどん先が気になって気になって。そして、ラストにちょっとほっこりしました。ちゃっかりしてるなぁ。女性って、強い(笑)。 犯行を認めて勾留されている被疑者が、「見知らぬ女の声が聞こえる」と言い始めた。取り調べのストーリーの間に挟まれる、とある女性の少女期の親友の殺害事件のストーリー。被疑者とその女性が同一人物ではないと気づいた辺りから、2つの事件の関わりが明らかになってくる。いやあ、最初は被疑者の中島雪美が回想ストーリーの「ゆったん」だと思いこんでたので、「え?あれ?死んじゃった?え??じゃ、この人だれ?」って混乱しました。雪美の前任者・寺田真由の名前を思い出し、「こっちがゆったんか!」と納得。 死後(?)の寺田真由の登場から、ファンタジーかよ!と突っ込みたくなったりもしましたが、案外普通に受け入れて読めるようになり、雪美の正当防衛事件が起こるに至った過程をドキドキしながら読み進めましたねぇ。雪美も真由も、なかなかに大胆ですね。私だったら、無理だろうなぁ。 雪美の正当防衛も認められ、雪美を襲った男の素性を警察も突き止め、事件は解決。そして「声の主は真由ではない…

続きを読む

『正欲』/朝井リョウ ◯

冒頭に手紙のような独白のような文章、続いてとある「児童ポルノ事件」に関するネット記事があり、そのあと中堅検事・ショッピングモールの女性店員・女子大学生の3人の現状がそれぞれの視点から描かれていく。本作『正欲』では、「昨今、気軽に語られるようになった〈多様性を受け入れる〉という言葉の欺瞞」を叩きつけられました。朝井リョウさん、なんてことしてくれたんですか。今までみたいに〈マイノリティー〉とか〈多様性〉とか、言えなくなっちゃったじゃないですか・・・。 最初の方に出てきたネット記事を読んで、「うわぁ、嫌な事件があるもんだよなぁ、やり方も巧妙というか、嫌な感じだわ~」なんて、考えてたんですよね。ところが、不登校小学生の息子が社会のルートから外れていることに苛立つ検事の啓喜、恋愛に興味がなくひっそりと生きていきたいモール店員の夏月、容姿にコンプレックスを持ち兄の秘密を知ってからは男性恐怖症に陥ってしまった八重子の、バラバラに語られる物語が少しずつ「児童ポルノ事件」の容疑者たちと繋がり始める。 それぞれの持つ「欲望」が正しいものであるとか、普通であるとか、何をもってそう断じる事が出来るのか。自分の欲望を隠して、自分が「この世の中の異物」であることを突きつけられながら生きていくことの、果てしない孤独。誰にも迷惑をかけていないのに、誰かを傷つけることもしていないのに、表に出すことが出来ない、理解されることがない。 丁寧に、丁寧に描かれていく、ひっそりとした彼らの願望。それを理解してもらえないことの苦悩と、そ…

続きを読む

『獣たちの海』/上田早夕里 ◎

上田早夕里さんの作品は、短編集しか読んでいなくて、存在は知ってはいたのですが〈オーシャンクロニクル〉シリーズの本編を読まないまま、本作『獣たちの海』を読み始めました。先日読了した前作『魚舟・獣舟』の表題作「魚舟・獣舟」の世界で、いずれ必ず訪れる〈大異変〉に向けての、人々の営みと葛藤が丁寧に描かれる3つの短編と中編1つ。どの物語も、ままならぬ運命に必死に抗い、懸命に生きようとする姿が切なくて、胸が痛くなりました。 「迷舟」〈朋〉のいない男と迷舟の、邂逅と別れ。「獣たちの海」魚舟として生まれ、獣舟となった「クロ」。生きよ。「老人と人魚」深海で生き延びられる新しい人類・ルーシィを連れ、外洋へ旅立つ老人。「カレイドスコープ・キッス」〈大異変〉を控え、海上都市に移住した海上民と、海に残ることを決めた海上民。獣舟に襲われる海上都市、駆除作戦。 巻末に「後書」と、「資料(一)」としてオーシャンクロニクル・シリーズの作品リスト、「資料(二)」として用語集があり、このシリーズが上田さんにとって、非常に大切なシリーズであることがわかります。そして、とても壮大で確固とした設定をもとに描かれているものだということも。これは、本当に心して読まねばならないシリーズだなと感じました。 いずれ訪れる、不可避な〈大異変〉。遺伝子操作で新たな人類を作り、大異変の海面上昇にも耐えうる海上都市を作り上げ、1000年にも及ぶ〈プルーフの冬〉を過ごせるシステムを用意するなど、様々な策を凝らしながらも、人類すべてを救うことは出来ないため…

続きを読む

『烏の緑羽』/阿部智里 ◎

阿部智里さんの〈八咫烏世界〉シリーズの第2部3冊目、外伝も含めると通算でなんと11冊目。私にとって、長く読み続けてきて、本当に思い入れのある作品です。『烏の緑羽』で描かれるのは、奈月彦の金鳥即位後から崩御の時まで。主人公は、・・・誰と考えたらいいんだろう。最初は主人公は路近か翠寛かと思ってたんですが、どちらかというと長束・路近・翠寛・清賢の群像劇であり、奈月彦崩御の折の浜木綿(紫苑の宮)側の決定のへと続く物語でした。 いやぁ、路近って、サイコパスだわ・・・。まさか、八咫烏世界でサイコパスに出会うとは思わなんだわ・・。その路近を理解できないと悩む長束は、清賢に相談すればいいと奈月彦に勧められ、清賢と面会した際にはかつて雪哉と対立した末に下野した翠寛を推挙され・・・。なかなか会ってくれなかった翠寛は、清賢からの書簡を見てがっくりと項垂れて、長束に仕えることを承諾したのであった。 一転して、過去。勁草院(山内衆の養成学校)に入峰した路近、その側勤めをする翠(後の翠寛)、院士(勁草院の教員)となった清賢の日々が語られる。路近のサイコパス無双が繰り広げられ、翠に同情を禁じえないことが続く中、地下街に囚われた路近、そこに駆けつけた翠と清賢、その結末。そののち、翠は出家して翠寛と名を改め院士となり、路近は長束に仕えることを決める。 しかし、清賢からの書簡に書かれていた内容・・・(笑)。『長束様は赤ん坊です。あなたが育てて差し上げなさい。』って・・・。いや、たしかにね、長束は宗家の長子で育ちが良く鷹揚で、下…

続きを読む

『あまからカルテット』/柚木麻子 ◎

中高時代からの親友4人組、それぞれ性格も違うし、全く違う職業、結婚している者がいても、みんなで集まって美味しいものを食べながらワイワイ。羨ましいなぁ。そんな彼女たちの『あまからカルテット』、楽しませていただきました。私はまだ柚木麻子さんの作品初心者なんですが、こういうホンワカした楽しい物語、大好きですねぇ。 女性仲良し4人組、って簡単じゃないと思うんですよ。大人になってからは、特に。仕事が忙しかったり、恋愛がうまくいかなかったり、経済的に格差が出てしまったり、結婚すれば家庭のこともあるし、本作ではまだ誰にも子供はいませんが、子供がいればそちらを優先するべきだし。人生に対する考え方も、変わってくるし。でも本作の4人は、違った環境にあっても、それぞれがとても努力家で、自分のことを一生懸命に取り組んでいて、その上でお互いを大事に出来る。人間としての芯がしっかりあるから、素敵な人達なんですよねぇ。長く付き合ってきたからこそよく知っていて、いい距離感を保てるのも、本当にいいんですよ。 ピアノ講師の咲子、編集者の薫子、美容部員の満里子、料理ブロガーの由香子、それぞれの恋や仕事や生活の悩み事や困り事を、本人がへこたれても皆で盛り上げて解決に持っていく展開、スッキリしましたね~。まあ、ちょっとご都合っぽいかな?ってこともありましたが、その辺はご愛嬌レベルでしたので、私的にはOKでした。 誰かが弱っていても、咲子の意外な人脈や薫子の行動力、満里子のメイク術・おしゃれスキルや由香子の料理で、励ましたり背中をそっ…

続きを読む