『フィッターXの異常な愛情』/蛭田亜紗子 ◎

先日『共謀小説家』を読んだときに、【苗坊の徒然日記】の苗坊さんからお薦め頂いた本作、『フィッターXの異常な愛情』。ぜんぜん雰囲気が違う作品でびっくりしましたが、とても面白かったです!蛭田亜紗子さん、もっと読みたくなりました。楽しみです!! 弱小広告会社で営業職として働く國枝颯子は、32歳。面倒な顧客、ギリギリの納期、あふれかえる雑事、とにかく忙しく自分の身に構う時間が全然持てないでいる。ある日、忙しさのあまりブラをつけることも忘れて出勤、口うるさい顧客訪問を前に慌てて飛び込んだランジェリーショップで、男性のフィッター・伊佐治耀と出会う。日々の無頓着さを「からだを見ればわかります」と次々言い当てられ、勧められたブラを身に着けて顧客訪問に向かった颯子は、伊佐治の辛辣な口調が乗り移ったかのような指摘を顧客に伝え、逆に信用を得ることができるようになった。ある時は別れた元カレの結婚式に出席するためのドレスの下に着るランジェリーを選び、またある時は女装サロンのお客さんたちへのランジェリー講座の後押しをし、またある時は無愛想な後輩の心を開く下着選びに誘い・・・。颯子にとって、ランジェリーは自分を表現し開放するものとなっていくのだが・・・。 色んなことが、ランジェリーショップでの下着選びで解決していくのは、少々ご都合な感じもしますが、ちょっとした困難に出会いながらも颯子の日々が明るく展開していく様子は、とても心地よく読めました。ところが、颯子は健康診断の結果乳がんが判明し、左胸全摘手術・シリコンインプラント注…

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『エイリア綺譚集』/高原英理 ◯

書評(重厚で軽妙な幻想譚)を見て、興味を持った初読み作家・高原英理さん。様々に幻想的な短編が10編、夢のように語られ、最後の中編「ガール・ミーツ・シブサワ」で延々と澁澤龍彦について少女(の亡霊・死亡時35歳)が語り尽くす。タイトル『エイリア綺譚集』の「エイリア」は、著者名の「エイリ」と「エイリアン(架空の生物という意味の方)」から来ているのかしら。もしかすると「エリア」(範囲・地域)なんかの意味も含まれてるかも?響きが美しくて、好きです。 短編それぞれが違った趣向で、好みに合うものと合わないものとありました。硬質でひんやりとした雰囲気の「青色夢硝子」や「ほんたうの夏」など、読んでいて清々しい作品は良かったんですけどねぇ。妙に湿度と温度が高い感じの日常の中に、突然グロテスクな光景(生きながら皮を剥がれて晒される人体)が入ってくるような「出勤」は腰が引けてしまいました。あと、「ブルトンの遺言」は、難しすぎました(笑)。夢見心地になる前に、理屈についていけなかったというか・・・。私の幻想好きの生半可さが、バレちゃいましたね(笑)。 「澁澤龍彦とか山尾悠子っぽいなぁ」と思ってたら、最後の中編が「ガール・ミーツ・シブサワ」で納得。「ガール・ミーツ・シブサワ」は、35歳で死亡した編集者が、ゴシックロリータだった少女時代の姿の亡霊となって、渋澤龍彦の様々な時代・場面を漂うという物語。と言うか、物語の形を取った渋澤龍彦評伝ですよねぇ、これ。高原さんが、どのように渋澤龍彦に影響を受け、どのように渋澤龍彦を捉えて…

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『初めて会う人』/くわがきあゆ ◯

書評で気になっていた本作『初めて会う人』。登場人物がみんな、気持ちが悪い。だけど、私にはそんな部分は全くない、といい切れないところが、より気持ちが悪い。その気持の悪さが極まったところで、とんでもない理由が発覚する。・・・マジかよ、と頭を抱えましたね。しかもあのラストって、どうなのよ。気持ち悪さの念押しが、ダメージ倍増でしたよ、くわがきあゆさん。 会社の先輩に「なりたい」と、持ち物から行動からなんでも真似するストーカー。自分がもてはやされるためには、他者の秘密もバラすし貶めるなんてお手の物、自己顕示欲女。彼らの物語を読んでいる間、「気持ち悪~い、私何を読まされてるんだろう。この話、どこへ向かうわけ?」と、ムカムカしっぱなしでしたね。この二人に振り回された工藤三鷹は、被害者なのかと思いきや・・・。彼の周りで、何人もの人間が死亡したり姿を消したりしていることが、判明。三鷹の周辺を捜査していた刑事・静川涼吾は、三鷹の動機である心情に思い至る。ラストで、涼吾が取った行動の根拠と決意には、ゾッとしましたね~。 三鷹は自分は〈マザコン〉ではなく、〈母を愛するのは自然の摂理〉だと言う。だけど、その〈愛〉は〈母を愛してる自分のための愛〉ではないか?愛されてるはずの母は、三鷹に怯えて姿を消している。涼吾も、母以上に愛し大切にすべき妻をないがしろにして、暴力をふるい、それを止めるのは〈母が好んで見ていた俳優の役柄である刑事だから〉というもの。 いやぁ、これは、気持ち悪すぎるわ・・・。三鷹の母が三鷹を矯正できたかと…

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『キノの旅(23) -the Beautiful World-』/時雨沢恵一 ○

時雨沢恵一さんの「キノの旅」シリーズ、23冊目。私達人間の様々な面をデフォルメした国々をめぐる、旅人たち(一部定住派)。彼らはそれぞれなりの感じ方で国々を体験し、そこでの事象を断罪しない。パースエイダー(銃器)有段者・キノと喋るモトラド(自動2輪車)・エルメス。妙齢美人な師匠とハンサムな弟子。亡国の王子・シズ様と喋る犬・陸と無口な少女・ティー。旅を続けるその3組と、定住派で写真家のフォトと喋るモトラド・ソウ。彼らの体験を読みながら、私も様々な旅を見つめることになりました。『キノの旅 (23) -the Beautiful World-』。 口絵イラストノベル「演技の国」ありのままの姿での映画出演を求められる、旅人たち。口絵イラストノベル「ペンの国」ペンは剣よりも強し・・・?ペンは剣よりも正しい・・・?口絵イラストノベル プロローグ「赤い霧の湖で・b」螺旋を描く光が、船から見えなくなっていく。第一話「ロボットがいる国」ロボットが労働を担ってくれる国。師匠の憂慮とは?第二話「ピンクの島」何もかもがピンクの島へ、フォトが撮影しに行くと・・。第三話「眠る国」永遠に生きられる日が来るまで、すべての国民が冷凍睡眠に入る国。第四話「愚か者は死んでもいい国」独裁者の国で行われる投票。独裁者の意外な末路。第五話「戦える国」兵士の恐怖などを切り取って、戦場に出す強国。その国がいつも襲われる理由。第六話「狙撃犯のいる国」正確な射撃で殺される人たち。そのつながりは?犯行の終わりは。第七話「始まりと終わりの国」もぬけの殻…

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『夜の向こうの蛹たち』/近藤史恵 ◎

近藤史恵さんの作品は、今まで〈サクリファイス〉シリーズしか読んだことがなかったのですが、この『夜の向こうの蛹たち』には非常に驚かされました。不穏な展開、女性であることの息苦しさ、絡まり合う愛憎劇、作家の業・・・、一気に引き込まれ、すごいスピードで読み進めてしまいました。とても面白かったです。 著名な小説家・織部妙は、編集者に「橋本さなぎと美人作家対談しませんか」と言われ、「そういう名目では対談しない」と断る。後日、文学賞のパーティーで橋本さなぎと知り合い、憧れを告げられる。その場で見かけた織部にとって魅力的な女性・初芝祐は、橋本の秘書だという。しばらくして、橋本絡みではありながらも初芝の連絡先を得た織部のもとに、「相談したいことがある」と初芝が連絡をしてきた。何度か会ううちに、初芝と橋本の小説教室時代の同人誌を手に入れていた織部は、橋本さなぎ名義で書いているのは初芝ではないのかと疑いを持つようになる・・・。 織部が橋本さなぎと初芝の関係を疑ったきっかけは、なるほど作家らしい着眼点でしたね。私も織部同様、橋本(速水)と初芝の主従関係が逆であるというのは、思ってもみなかったことでした。レズビアンである織部の好みと恋愛のあり方の破滅性、初芝のコンプレックスと自負、速水の美しさゆえの弱さと依存性、これらが絶妙なニュアンスを持って絡まり合い、物語を盛り上げていましたねぇ。なんというか、最後まで息をつかせないというか、目が離せず、この3人の関係性がどうなっていくのか、胸がキリキリ痛むような心地で読んでいま…

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