『書楼弔堂 ~待宵~』/京極夏彦 ◎

京極夏彦さんの作品(特に単行本)は、基本的に〈凶器レベルの製本〉ですが、本作『書楼弔堂 ~待宵~』も棚から落ちてきて打ち所が悪ければ大怪我レベルです(笑)。しかしながら7年前に1作目の『書楼弔堂 ~破暁~』、6年前に前作『書楼弔堂 ~炎昼~』を読んだ際の愉しさは、そんな製本にビビることもなく取り組める期待を抱かせてくれていたので、ためらいなく図書館で予約、順番待ちの末に受け取って、読み始めました。本作での弔堂への案内人は、弔堂へ向かう坂の途中に在る甘酒屋の親父・弥蔵。弥蔵に案内された明治の様々な分野の著名人たちは、〈その人の為の唯一冊の書物〉を手にし、時代を切り開いていく。 むさ苦しく老いを重ねたと自嘲する弥蔵は、〈うまくもない甘酒と蒸し芋〉を出す店を細々と商っているが、客は多くない。しょっちゅう来ては喋り散らかしていく酒屋の次男で高等遊民?な利吉が、弥蔵の日々を少し気にかけてくれている程度だ。しかしながら、弥蔵の店の少し先にある陸灯台に似た書物の霊廟・弔堂を訪れようという人々は、意識をすると辿り着けぬその書舗への案内を弥蔵に求め、弥蔵も共に弔堂に入っては、弔堂主人と彼らの会話を聞きながら、自らの今までを顧みる。 弥蔵の正体は、彼の内心の語りから〈京都見廻組〉なのかな・・・という予測はついていました。しかしながら、坂本龍馬暗殺の張本人だった・・しかも弥蔵(堀田十郎)本人の主義主張からの人斬りだったわけではなく、上から命ぜられて汚れ仕事を請け負う役目だったから・・・というのが、今の弥蔵の「無為に…

続きを読む

『緑の花と赤い芝生』/伊藤朱里 ◯

少し前に読んだ『きみはだれかのどうでもいい人』で、結構つらい思いをしたので、本作『緑の花と赤い芝生』はどうなんだろう・・とちょっとビクつきながら読み始めました。同じ伊藤朱里さんの作品でも、こちらは読みやすかったです。〈ままならない生き辛さ〉の度合いが、『君は誰かの~』に比べるとそこまで酷くなかったからかもしれません。 書評で〈正反対の女性二人が接点を持ったら・・〉というような紹介をされていて、反発し合う物語なのか、そこから共闘していくようになるのか、それとも・・・?と興味を持ったんですよね。 実を言うと、物語中では、彼女たちは和解も共闘もしません。それどころか、表立っては、反発すらしません。それぞれ、自分の中にあるポリシーすら揺らぎながら、出会った事態に惑わされたり、泣きそうになったり怒りに震えたり。外へ向かって発散するのではなく、内に内に降り積もらせていく二人が、あることをきっかけに爆発し、それでもその翌日には普通に過ごして。自分も相手も変わらないんだな、と思うことを許容するというラストが、ちょっと良かったです。 学部卒の兄と同じ大学(学部も同じ)の、院まで行ったバリキャリ理系女子の志穂子。志穂子の兄と結婚した、「温かい家庭」を作ることに強くこだわりを持つ杏梨。同い年だけど正反対の彼女たちは、志穂子の会社の寮に泥棒が入ったことに危惧した志穂子の母の依頼で、同居を始めることになってしまう。 ・・・いや、ちょっと待て。いくら志穂子の母が「泥棒に入られた寮なんかに住み続けるなんて」と言うからっ…

続きを読む

『馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください』/藤森かよこ △

・・・タイトル、長ッ!一時期、やたら長いタイトルの実用書というか自己啓発本とか流行しましたけど、その流れなのかなんなのか(笑)。『馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください』って、まあ、非常にストレートだよねぇ(笑)。著者藤森かよこさんは自分をタイトル通りの低スペック女子にだと言うんですけどね、元大学教員の英米文学者って少なくとも「馬鹿」じゃないと思うな・・・。 タイトルのインパクトに惹かれて、うっかり〈読みたい本リスト〉入りしちゃったって感じですね~。しかしこのタイトル、いわゆる〈とりあえずタイトルにパワーワードぶち込んで目を引いておいて、内容はちょっと読者に優しくしよう〉的な思想で付けられたタイトルじゃないってのが、すごいです。実際、やたら文章のアタマに「あなたはブスなので」「あなたは馬鹿だから」「あなたは貧乏」と、念押しのように呪いのように、乱用される。もちろん「あなたはブスで馬鹿で貧乏なので」と畳み掛けてくるパターンも多用される。思わず「わかっとるがな・・・」と、読んでて疲れてしまいました。 私は、藤森さんのおっしゃる〈『再貧困女子』レベルではないけど、社会的大変動が起こったらすぐに食い詰めるレベル〉の貧乏だし、〈繁華街でスカウトされたことのない〉ブスだし、〈一を聞いて一を知ることのが精一杯〉な馬鹿なので、まさに本書の〈あなた〉そのものでございますよ。でもねぇ。そがいに言わんでも、いいやん・・・。と思っちゃうところが、甘ちゃんなのかしら。 もちろんこの3大…

続きを読む

『少女を埋める』/桜庭一樹 ◯

これは、感想書くの、とても難しいわ・・・。桜庭一樹さん初の自伝的小説集、と銘打ってあるこの『少女を埋める』ですが、小説であるのは1編目「少女を埋める」だけで、続く「キメラ」と「夏の終わり」は、朝日新聞「文芸時評」に「少女を埋める」が取り上げられたことで起こった出来事の一部始終を描いた、エッセイのような経緯説明のような文章でした。 桜庭作品、久しぶりだな~と思ってたら、何と5年ぶりでした。あ、朝日新聞を取っていて桜庭さんの『火の鳥』は読んでたんで、ちょっと違いますね。ただ、週1回連載だったせいか、今ひとつ「ひと作品読んだ!」っていうイメージがなくて。 で、その5年の間に、こんな事が起こってたなんて・・・というのも、実はちょっと違います。朝日新聞の「文芸時評」で「少女を埋める」が取り上げられたときも、その後の記事も読んではいます。そして違和感も覚えたんですよ。この後の方の記事の2者の食い違いはなんだろう?って。ただ、そのままいつの間にか忘れてしまっていました。ただ、タイトルだけは引っかかっていたので、出版時の広告で『少女を埋める』を目にして〈読みたい本リスト〉入りさせて、長らく手に取ることなく時間が過ぎていました。 「少女を埋める」を読み始めたときは、「自伝的小説ってことだけど、どの辺りが自伝的で、どの辺りがフィクションなんだろう」なんて気軽な気持ちだったんですよ。でもそのうち、お母さんとの確執、お父さんへの謝罪の言葉、そして文章の端々に見える「地方の閉塞性」の息苦しさに、私だったらやりきれなく…

続きを読む

『本にだって雄と雌があります』/小田雅久仁 ◯

書評で見たタイトルで「面白そう」と思って読み始め、途中で、「え?前作『残月記』と同じ小田雅久仁さんなの?」と気づいてビックリ。全然、雰囲気が違う・・・。本書『本にだって雄と雌があります』は、知の巨人として知られた深井與次郎の孫が自分の息子に、與次郎と幻書の関わりを伝えるために書いている文章、という形で物語が進んでいきます。 タイトルと文庫本の後ろに紹介されてる概要から、もっと〈本と本の融合と誕生〉的なファンタジーなのかと思っていたのですが、ソコはちょっと期待とは違ってました。與次郎およびその家族の来し方行く末(それは語り手である與次郎の孫・土井博、そしてその息子の恵太郎までも)を語り、〈雄本と雌本の交合による幻書の誕生〉が描かれ、そしてその幻書をどのように調伏し所蔵するのか、そして最終的にその幻書がどうなるのか、といった壮大な物語だったのですが・・・。 ただねぇ・・・、話があちこちに飛び、物語の方向性が読めない為、どうにも読みにくかったです。個々のエピソードは面白かったは面白かったんですが、どうにも散漫な印象。途中で迷子になること数度。タイトルの軽妙さから、ニヤニヤしながら読めるような、軽いファンタジーを予想していたので、読むのに時間はかかるは体力は要るは、迷子になって途方に暮れるは、散々な目・・とまではいいませんが、それなりに疲れました。 いやぁ、ボルネオのキナバル山の頂上にそびえ立つ〈ラディナヘラ幻想図書館〉の白亜の威容、雄雌の本から生まれた幻書の飛び回る様子とそれを捕獲するための手順、…

続きを読む