『鏡のなかのアジア』/谷崎由依 △
チベット・台湾・日本・インド・マレーシア、それぞれの地での人々の営みが、地面から数センチだけ浮いているような心許ない感覚で描かれている本作、『鏡のなかのアジア』。現実のアジアではなく、どこかで少しズレているような、誰かの夢の中を彷徨う感覚で読みました。谷崎由依さんという作家さんのことは、全く知らずに読んだのですが、言語的な感性が豊かな作家さんですね。
幻想的というより、観念的な気がしました。といっても、何をもって〈幻想〉と〈観念〉を区別するかという定義が私の中でしっかりあるわけじゃないんですが。5編の物語のそれぞれの語り手たちは、物語の中をぐるぐると廻り、自分を見失っては見つけ、そしてまた見失っていくような果てしもない円環の中で永遠を生き続けていくような気がしました。
オノマトペやちょっとした単語のルビにアルファベットが使われていたのですが、イマイチそれに雰囲気を感じられず(私は外国語が全然出来ない・・・)、世界観の入り口で入るかどうか迷ってしまいました。残念。この辺の感覚がピッタリ来る方は、きっと好きなんだろうなぁ・・私の鑑賞力の弱さが、ちょっと悲しい・・・。
「・・・そしてまた文字を記していると」の少年僧が夢想する、写本の文字が空に放たれて世界を形成し、ゆっくりと地に落ちて砂になる様子が美しいと思いました。灰色の僧院、極彩色の旗、空に解き放たれる文字と馬、よく似た僧たちの唱える経文の響き、風に飛ばされる砂の音・・・。すべてが世界に向かって広がりながらも、少年僧の中へと吸い込まれていくよう…