『鏡のなかのアジア』/谷崎由依 △

チベット・台湾・日本・インド・マレーシア、それぞれの地での人々の営みが、地面から数センチだけ浮いているような心許ない感覚で描かれている本作、『鏡のなかのアジア』。現実のアジアではなく、どこかで少しズレているような、誰かの夢の中を彷徨う感覚で読みました。谷崎由依さんという作家さんのことは、全く知らずに読んだのですが、言語的な感性が豊かな作家さんですね。 幻想的というより、観念的な気がしました。といっても、何をもって〈幻想〉と〈観念〉を区別するかという定義が私の中でしっかりあるわけじゃないんですが。5編の物語のそれぞれの語り手たちは、物語の中をぐるぐると廻り、自分を見失っては見つけ、そしてまた見失っていくような果てしもない円環の中で永遠を生き続けていくような気がしました。 オノマトペやちょっとした単語のルビにアルファベットが使われていたのですが、イマイチそれに雰囲気を感じられず(私は外国語が全然出来ない・・・)、世界観の入り口で入るかどうか迷ってしまいました。残念。この辺の感覚がピッタリ来る方は、きっと好きなんだろうなぁ・・私の鑑賞力の弱さが、ちょっと悲しい・・・。 「・・・そしてまた文字を記していると」の少年僧が夢想する、写本の文字が空に放たれて世界を形成し、ゆっくりと地に落ちて砂になる様子が美しいと思いました。灰色の僧院、極彩色の旗、空に解き放たれる文字と馬、よく似た僧たちの唱える経文の響き、風に飛ばされる砂の音・・・。すべてが世界に向かって広がりながらも、少年僧の中へと吸い込まれていくよう…

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『クロワッサン 特別編集 大人の知的な好奇心を刺激する すてきな読書。』/マガジンハウスMOOK ◎

新幹線での移動の際に、軽く読める本か雑誌を探して本屋さんに行った時に、偶然出会った本書『クロワッサン特別編集 大人の知的な好奇心を刺激する すてきな読書。』。クロワッサン編集部が厳選した111冊(2018年~2023年の『クロワッサン』の掲載記事を再編したものと新規取材のもの)という、かなりの大ボリュームながら、それぞれに興味深い本ばかりでした。 ライターの瀧井朝世さんが選んだ「国内小説」「海外小説」「エッセイ&ノンフィクション」「その他の本」、「窪美澄さん」「ヤマザキマリさん」「大平一枝さん」「梶よう子さん」たちの「著者インタビュー」、「青野賢一さん」「篠原かをりさん」「武田砂鉄さん」「酒井順子さん」「MinaFuruya ホミンさん」たちの「わたしの好きな本」、・・・いやぁ、ホントに世の中にはたくさんの本があるな~とお腹いっぱいになりそうでした(笑)。 基本私は〈物語読み〉で、しかも読んでるのは国内小説が中心。それなのに紹介されてる国内小説のうち、読んだことがあるのは『残月記』だけだったのには、膝から崩れ落ちそうになりました(笑)。あ、桜庭一樹さんの対談で出てくる『少女を埋める』と酒井順子さんの『源氏姉妹』と『枕草子REMIX』も、読んだことありましたわ。・・・でも、やっぱり少ない・・・(笑)。既に〈読みたい本リスト〉入りしてる作品もあれば、今回入れた作品もあります。海外小説で面白そうなものも。こちらもリスト入り。案外、海外作品のほうが興味を引く本が多かったです。エッセイ&ノンフィクション…

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『これからの暮らし by ESSE vol.5(夏号)』/エッセ2023年8月増刊号 ◎

『これからの暮らし by ESSE vol.5(夏号)』の表紙は、イキイキした笑顔が素敵な飯島直子さん。えぇ~私よりも歳上だったんですか!!びっくりよ・・・(笑)。〈50代からのちょっといい毎日、ちょっといい未来〉、ドンピシャ世代のワタクシにとって、どの特集も参考になりました。 一番、そうだよねぇ・・・と思ったのが、「「実家の片付け」スッキリ解決」の記事でした。実は先日、年1回の帰省で実家に行ってきたんですよ。老夫婦二人暮らしの家に、あるわあるわ・・・モノがたくさん。戦中生まれの二人なんで、とにかく「モノ」を捨てられない。ヒビの入ったお皿も「まだ使える」、山のようにあってシーズン一度も着ていない服も「まだ着られる」、と衣替えだけ頑張って溜め込んでいる。思い入れのある書籍や書類も山積みになってて、地震とか来たら、総崩れだよなぁ・・・と「捨てるのはしなくても、せめて整理分類して片付けを」と言っても、「これは思い出だから、捨てない、片付けない、ここに置いておくんだ」と頑固に主張。結局出来たのは、庭の草取りだけでした(笑)。さすがに、抜いた雑草を捨てるのはOKでした。何も植わってない植木鉢は、捨てられなかったけど・・・。親の気持ちに寄り添って、長期戦で行くしかないってことですねぇ・・・。私の実家だけじゃないんだな~と思えて、ちょっと安心しました。 一番大きい特集の「50代、60代、70代のやめてラクになったこと」も、良かったですわ~。〈いまが「やめどき」適齢期!〉なんだそうです(笑)。たしかにね~、巣…

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『ひきなみ』/千早茜 ◯

千早茜さんの作品には、体温の低そうな男性かダメな男が出てくる気がしてならないのですが、今回出てきた「男」たちには、怒りしか覚えませんでした。なぜ、男であるだけで、自分が女より上位であると思い込み、その存在を蔑むことが当たり前であると思えるのか。いつか、彼らに鉄槌が下ればいいと、心から思ってしまいましたね。船の後ろにできる航跡を、『ひきなみ』というのだそうです。主人公である葉と真以の人生の航跡には、悲しい影が引きずられていましたが、彼らが進む先に広がるのは、穏やかに輝く海。 父の心の病のため、母方の祖父母の住む瀬戸内の島に移り住むことになった葉。葉は、島で何故か浮いた存在になっている少女・真以と仲良くなる。二人の間に共通するのは、島における疎外感と、家族仲の喪失。ある日島に脱獄囚が入り込み、彼を匿っていた二人だったが、真以は葉に何も告げること無く脱獄囚と失踪する。失意のうちに家に戻った葉は大人になり、勤め先で上司のパワハラにさらされている。担当した仕事で真以の消息を知った葉は、真以を訪ね、更に真以と共に島から姿を消した男とも再会する。「女であること」に向けられる悪意への再認識、真以をスキャンダルとして取材しろという上司に立ち向かった葉、そして葉と真以は再び島を訪れる。 葉の上司のパワハラ(主に女性蔑視)がひどすぎて、気分が悪くなりました。でも、こういう男って、いる。自分の位置を確かにするために、他者を貶めることになんの躊躇も感じないどころか、逆に優越すら感じている中年~壮年男性。周りも、自分に火…

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『生命式』/村田沙耶香 ◎

実は、村田沙耶香さんの作品を読むのは、初めてだったりします(アンソロジーとかでも出会ってなかった)。芥川賞を取ったことも知ってるし、話題の作品もたくさんあることも知ってはいたんですが、たまたまチャンスがなく読めないでいましたが・・・、いやちょっと待って面白いんですけど!!『生命式』というタイトルと、人肉食が一般化した世界観の短編が入ってるってことだけしか知らないまま読み始めたらまあ、とにかく軽やかに面白い。これは、村田さんの他の作品も、読まねばなりますまい。 まずね、文庫の表紙の、首から上が無く花が活けられた状態の人間?がナイフとフォークで心臓のようなものを食べようとしているイラスト(しかもパステルカラーで牧歌的な雰囲気すらある)、帯に書かれている〈正常は発狂の一種〉という言葉、『生命式』というタイトルのぐねぐねと回る不思議なフォント、本屋の平積みの中でグイグイ私に主張をしてきまして、買ってしまった次第です。 12編の物語が、次々と語られていきます。表題「生命式」では、人が亡くなると葬式の代わりに故人の肉を皆で食べ、受精を目指して気に入った参加者同士で交尾をするという〈生命式〉というものが執り行われるようになった世界で、かつて人肉食はタブーであったことから違和感を感じている女性が、亡くなった友人の人肉を調理し、生命式の良さを実感するようになる。まず、人肉食ってところで、私なんかは思わず引っかかりを感じるんですが、物語の人々はこだわりを持たないどころか、「神聖な感じがする」とか「人肉食べたいのは…

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『忍者だけど、OLやってます ~遺言書争奪戦の巻~』/橘もも ◎

〈現代忍者の生き様×オフィスラブ〉を描く〈忍者だけど、OLやってます〉シリーズの最新刊。橘ももさんの『忍者だけど、OLやってます ~遺言書争奪戦の巻~』で、OLとして生活しながらも、忍者としても「自分が守りたいと思うもの」のために己の術を駆使することを選んだ陽菜子は、勤め先IMEの会長死去による、会社相続の混乱に巻き込まれることになる。やっぱり、忍者って現代でも暗躍してるんだって思えるような、勢いのある楽しめる物語でした♪ 会長が亡くなって、「遺言書をとある人物に預けた」「その人物を見つけた者に会社株式をすべて相続する」という遺志が、和泉沢と社長である父に明かされ、二人の間に攻防戦の幕が切って落とされる。 その伝言を持ってきた便利屋の女の正体及び遺言書を預かっている人物については、予測はついていし、その人物であれば和泉沢と父とどちらが遺言書にたどり着けるかの予測も、ついていました。ですが、陽菜子の上司・森川が社長側についたり、惣真が陽菜子に指輪を差し出してプロポーズをしたり、前作で死闘を繰り広げた鵜飼が普通に登場して陽菜子と会話してたり、ストーカー忍者・塚本がストーカー行為を再開したりと、情報及び状況が入り乱れて、何がどう転がるかわからない展開に。 それでも、和泉沢が遺言書を持つ人物にたどり着き、公開された遺言書の通りの相続がなされ、和泉沢が会社を辞めてデンマークへ行くことが告げられ。和泉沢は、再び陽菜子に告げるのである。「大好きだよ」と。それに対して、陽菜子は「しあわせ」を、生まれて初めて…

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『忍者だけど、OLやってます ~抜け忍の心意気の巻~』/橘もも ◎

忍者の隠れ里の頭領の娘ながら凡庸な才しかなく、里の非情なやり方についていけず普通のOLとして生活している陽菜子。前作『忍者だけど、OLやってます ~オフィス忍者合戦の巻~』で、恋心を抱いていた同期のボンボン・和泉沢に「好きだ」と告白され、甘酸っぱすぎるラストを迎えていたわけですが・・・。本作『忍者だけど、OLやってます ~抜け忍の心意気の巻~』では、その和泉沢が長期出張から帰ってきたシーンから始まります。忍術を封じて、一般人としての幸せをつかもうと決意した陽菜子の前に立ちふさがったのは・・・。いやぁ、橘ももさん・・・、忍者って、やっぱりいますよね?!現代社会に溶け込んで生きてますよね?!リアルかって言うと、リアルじゃないんだけど、このシリーズ読んでると、納得しちゃいそうになるんですよねぇ(笑)。 勤め先の和泉鉱業エネルギー(IME)が、アフリカの鉱山エネルギー開発に参入するための折衝を行っているさなか、その情報を盗もうと敵対する中国企業から送り込まれたエージェントが、前作でも陽菜子たちと対立した柳一派。丁々発止の攻防が続き、陽菜子のルームメイトで優秀なくノ一である穂乃香が意識不明の重体になる事態が発生、所属する里を持たず自らのためだけに忍術を使う上司・森川が出張するのに合わせてデータ奪取を狙う柳一派の襲撃を食い止めた陽菜子は、意外な相手からの反撃にあう。その状況を救ってくれた穂乃香、背後で指揮を取っていた惣真、なんとか事態は好転したのだが・・・。 里の外で忍びとして生きる道を、様々な勢力ともつ…

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『シンプリスト生活』/Tommy ◯(実用書)

〈ミニマリスト〉という存在を認識するようになって、数年。最初は興味本位で動画や書籍をいくつか見て、続いて共感して〈捨て活〉を始めたものの、「な~んか、違うんだよなぁ~、私はここまで極めなくてもいいんだけどな~」と、微妙な違和感を感じていました。そんな中で知った〈シンプリスト〉という名称。ミニマリストとどう違うのか、私が生活に応用できるのか、気になって図書館で予約を入れてみました。『シンプリスト生活』っていうド直球なタイトル、装丁も非常に落ち着いてシンプルなこの書籍で、著者Tommyさんの提唱する、シンプリストな暮らしとはどういうものか、しっかり読ませていただきました。 で、率直な感想。〈ミニマリストよりは私の心に響くし、憧れる面もあるけど、やっぱりここまでは達観できないな〉です。自分の感覚に正直に生活し、持つものを減らし、でも心を豊かにしてくれるものをそっと飾ったりする・・・素敵だなぁ、とは思うんですけどね。まず、「今持っているものを削る」ことが、難しい(笑)。ケチなので。とりあえず、「今持っているものを、消費し切ったあと、新たにストックするのかどうかをじっくり見極めて、手に入れたらじっくり大事に使っていく」ことにしようと思います。「消費しきれない、長期間使わないまま積まれているモノ」に関しては、心を鬼にして処分(寄付する・リサイクルに出す・捨てるなど)せねばなりませんな。 あとねぇ・・・、やっぱり家族で暮らしてると家族のものは処分できないし、家族は私のしたいシンプル生活を望んでないし(笑)。…

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『知らないとヤバい老後のお金戦略50』/荻原博子 ◯(実用書)

〈老後生活戦略〉系の書籍、第3弾(笑)。続けて読んでると逆に、「ま~なんとかなるかな~、取りあえずやれそうな事はやっとくか~」って感じになってくる不思議(^_^;)。荻原博子さんといえば、TVにもよく出てくる経済ジャーナリスト。著書を読むのは初めてだけど、雑誌の記事などで読んだこともあるし、有名な方ですよね。本書『知らないとヤバい老後のお金戦略50』では、〈老後不安への処方箋〉として50もの戦略が矢継ぎ早に紹介されていきます。 正直、参考になる戦略、ならない戦略、私には当てはまらない戦略、と色々でした。特に「〇〇なんて、おやめなさい」という戦略は、政府がいう「貯蓄から投資へ」の方針に真っ向から大反対してますけど、私は投資にシフトしたい派なので、この章は「確かにこういう危険もある」という注意喚起として、読ませていただきましたよ。「iDeCo」「NISA」のメリット・デメリット、長期投資・分散投資も安全じゃない、というのは理解できました。そのうえで、やりますよ私は(笑)。現金の方がスタグフレーションには強いって言うけど、どうなんでしょ。インフレは進んでるし、円安も進んでるし、世界経済は成長してるのに、日本だけ乗り遅れかねない状態(もう遅れてる??)だと思うんですよね~。 あ、でも「リバースモーゲージなんて、おやめなさい」に関しては、私も同意。時々、新聞や雑誌に「記事のようなスタイルで掲載されている広告」で見るんですが、その見出しだけ見るとすごくいい仕組みのように見えるんですよね。でも、よくよく読ん…

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