『物語の種』/有川ひろ ◎

コロナ禍の閉塞感でちょっと煮詰まっていた私達に、有川ひろさんからの小粋な贈り物。私達から集まってきた〈物語の種〉から、有川さんが芽吹かせてくれた素敵な〈物語〉たちが、10編。その名のままに本作『物語の種』は、読者である私の中にほっこりと花開いただけでなく、滋味深い果実すら与えてくれました。 いやあ、もうホント、たまりませんなぁ。どの物語も、ほっこりするし、キュンキュンするし、甘酸っぱいし、ニヤニヤしちゃうし、ときめくし、なんか・・・こう、心が内側からあっったかく発光してくるような感じがしましたねぇ。 「SNSの猫」猫派にはたまらん。しかもだんだん甘酸っぱいし!!「レンゲ赤いか黄色いか、丸は誰ぞや」夫婦のぽんぽんと進む会話が楽しい。「胡瓜と白菜、柚子を一添え」孫の漬物の好みを競い合う義父母、嫁のテクニック勝ち(笑)。「我らを救い給いしもの」〈好き〉があれば、耐久力は上がる。「ぷっくりおてて」祖父と孫の夏休み。ガバガバ設定の公式化。「Mr.ブルー」宝塚愛炸裂!一生善きヅカ友・・・!「百万本の赤い薔薇」この夫婦は、素晴らしいなあと思うわ~。「清く正しく美しく」自分の進退こそ、清く正しく美しく。「ゴールデンパイナップル」よさこい!よさこいですよ!元高知県民のワタクシ、ダダ上がり(笑)。「恥ずかしくて見れない」後輩くん、頑張れ(笑)。 どれもが、ホントに楽しく読めました!久しぶりに、有川さんの「甘酢っぺぇ~!!」とのたうちまわれるような物語の数々を、読みましたなぁ。ぽんぽんと飛び交う、勢いと洒落の効い…

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『ゆめこ縮緬』/皆川博子 ◯

1998年に初版、「日本屈指の幻想小説集」と評され集英社文庫を経て、更に2019年に角川文庫から出版された本書『ゆめこ縮緬』。8つの物語は、舞台を同じくするもの、登場人物が微妙に重なるものもあるが、それぞれ独立した物語。夢と現の境を滲ませ、登場する者たちの彼岸と此岸も曖昧なこれらの物語たちの中にはひっそりと幽鬼が立っているのではないか・・・。きっとその幽鬼は、柱の陰から路地の曲がり角から半身をのぞかせながら、ひんやりと湿った無表情で、物語の世界をぼんやりと眺めているのではないか・・・そんな妄想が走ってしまいました。皆川博子さんの、そんな少し湿度の高い物語世界を、堪能しました。 〈湿度が高い〉と書きましたが、高温多湿ではないんですよね。どちらかというと、温度は低い感じ。ひんやりと芯から冷えてくるような居心地の悪さ、屋外屋内にかかわらず常に泥濘んでいるような足元、1つボタンをかけちがえたかのような正常に見せかけて仄かな狂気を隠し持っている人々。明らかに指差しあげつらう事はできないけれど、少しずつ狂いが身に侵食してくる、それを許容するものはいずれ冷たい湿気に朽ちていくのかもしれません。 おっと、このまま感想を書き続けると、私の中の「イタいアレ」が全開になりそう(笑)。といいつつ、まだ書きます。事細かに具体的な感想を書くのが難しい気がするので・・・。 大正から昭和初期の、少しだけ上流階級社会の中で一族や家族からちょっと外れた存在として腫れ物のように扱われている人々、っていういだけで、すでに耽美な感じ…

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『怪談小説という名の小説怪談』/澤村伊智 ◯

澤村伊智さんの作品って、〈理不尽が過ぎるホラー〉と〈圧倒的に暴力的な怪異〉が無双しているのに、何故か「なんか私もヤバい状況に陥る可能性はあるよな・・・」と思えてしまう、不気味な感覚をもたらされるんですよね~。7つの短編からなる本作『怪談小説という名の小説怪談』も、それぞれ違った方向性のホラーが語られています。ただ、本作は、すっごく怖い!って感じではなかったですね。夏じゃなくても、問題なく読めました(笑)。 ちなみに、タイトルの「怪談小説」と「小説怪談」についてなんですが、定義としてどう違うのでしょうか・・・?勝手に「怪談小説」は〈怪談を小説化したもの〉、「小説怪談」は〈小説そのものが怪談〉であるもの・・・かなと思いましたが、どうなんでしょう。〈小説そのものが怪談〉というのはつまり、〈怖い話を語ること、それを記録すること自体が、怪談である〉って感じ?う~~ん、私の語彙力がなさすぎて、分類としてわかりにくくてすみません・・・。 7つの物語それぞれ、恐ろしさにバリエーションがありました。一番、澤村さんらしいよな~と思ったのが、「こうとげい」。理不尽が過ぎる(笑)。全く知らずに関わってしまった相手が〈そういう存在〉で、その地域全体で共謀して生贄とされてしまうなんて。なんとか逃げおおせたと思っていたら、ずっとずっと取り憑かれていたとしたら。語り手の男(とその妻)は、これからどうするのでしょうね・・・。 「笛を吹く家」の、なんだか違和感のある語り、だんだん見えてくる「語り手の夫婦が向き合わず諦めてきた事…

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『成瀬は天下を取りにいく』/宮島未奈 ◎

2024年本屋大賞ノミネート作、『成瀬は天下を取りにいく』。我が道を突き進む、芯の通った女子・成瀬。小さい頃から独立独歩、成績もよく、スポーツも嗜み、いろいろなことにチャレンジできる、前向き少女。そんな成瀬を、幼馴染や中学高校が一緒になった子や成瀬を好きになった男の子、関わりを持った大人たちなどの目線から描き、最後に成瀬の主観の章も。面白かったですね~。宮島未奈さん、初めて読む作家さんです。 表紙のイメージだけで「野球の西武ファンの女の子の物語」だと思ってたので、天下を取るってファンクラブや応援団のリーダーになるとかそういうコト?って読み始めたら、章タイトルが「ありがとう西武大津店」で、???ってなりました。そして、幼馴染・島崎の語る成瀬あかりという少女の、筋は通ってるけど周りとは一線を画した存在感に、一気に魅了されましたね~。人間出来てるわ~、成瀬(笑)。頭もいいし、運動も芸術関係も難なくこなし、言動に芯が通っていて、自信に満ちているのが、すごい。 そんな成瀬が、閉店する西武大津店に敬意を表して閉店までの約1ヶ月毎日通ったり、島崎と「ゼゼカラ」という漫才コンビを組んでM-1審査に出たり(一次敗退)、周りを気にしすぎる女子・大貫に同類に見られたくないと思われていたり、高1から東大のオープンキャンパスに行ったり(でも本当の目当ては西武池袋店)、百人一首かるた選手権大会に出て他地方の男子に想いを寄せられたり、「ゼゼカラ」として地域のイベントの司会を努めたり、島崎が東京に行くと知って動揺したり、次々…

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『楼閣〈闇の西洋絵画史(9)〉』/山田五郎 ◯

You Tube「山田五郎 オトナの教養講座」で、絵画鑑賞初心者の私にもわかりやすく面白い絵画解説をしている、山田五郎さん。本書『楼閣〈闇の西洋絵画史(9)〉』は、全10冊からなる〈闇の西洋絵画史〉シリーズの9冊目。シリーズ前半の『髑髏〈闇の西洋絵画史(4)〉』と対になる本作・・・ってあれ?髑髏と楼閣は、対になるのかしらん(笑)。 髑髏は人間の頭蓋骨、楼閣は建築物、全く違うものであるわけですが、何故か共通するものを感じてしまいました。静かに乾燥した世界観?虚栄の果に崩れ行く虚無感的な?端的にいえば、「私のイタいアンニュイ嗜好(笑)」を刺激するような〈何か〉ですね。 本書で紹介される楼閣の絵画は、「バベルの塔」「宮殿・神殿」「理想都市」「空想楼閣」「廃墟」の5種に分類され、絢爛豪華な巨大建築、建造不可能な入り組んだ構造、人々のざわめきや歓声が聞こえてくるものから一切の音が切り落とされたかのような静寂を醸し出すもの、人知を超えた存在が隠れていそうなものなど、多種多様。 実際の建築物を描いたものだけではなく、画家の想像力表現力を駆使して画題に取り込まれたそれらの存在感は、とてつもなく強烈でした。特に「バベルの塔」。たいてい建築中のものを描いているのですが、「これは完成せんやろ(笑)」と思ってしまえるぐらい、とにかく大きい。そりゃ神様も怒るよね、と思えるレベルに、無駄に大きく労力もかかりすぎているのですよ(笑)。 「廃墟」で取り上げられたジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージの《ローマの景観:通称…

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『忘らるる物語』/高殿円 ◯

・・・後半、難しかったです~。強大な帝国・燦の後継選定のため、藩王の子を孕むようにと4つの国を巡らされた皇后星・環璃の物語。高殿円さん、初めて読む作家さんですが、百貨店の外商部シリーズで有名な方だったような・・・。本作『忘らるる物語』は壮大なファンタジーで、全然違うジャンルですねぇ。面白かったですが、後半の〈支配の構造を読み解く〉的な部分が私のアタマでは表面的な理解しか出来なかったような気がします。・・・残念!! ~~男が女を犯せぬ国があるという~~(冒頭より引用)そこから始まる物語は、千もの国を統べる燦帝国の次の皇帝を孕むために選ばれ、夫も一族も皆殺しにされ乳飲み子を人質に取られた若き辺境の女王・環璃の旅路。真珠で作られた輿に載せられ、自分のものを何一つ持てずに様々な個性を持つ4つの国を巡らされた環璃が、旅の最初に出会ったのは〈触れた男を塵にできる戦士〉のチユギであった。その確神の力を得て、帝を倒し、自らが次の帝になると心に決めた環璃は、4つの国では懐妊せず、最終的に燦帝国の首都・極都に送り込まれ、帝の真実の姿を知る。星見の塔に保管されている記録、環璃を処刑から救った際にチユギから引き継いだ記憶。確神の力も手に入れた環璃であったが、数百年の時を経ても文明は多大な進化を遂げても、ひとは変わらず争い、支配は形を変えて存続していた。それでも、忘れられず、生き残る物語はあるのだ。 う~ん・・・。各国の風変わりな文化や風習、環璃の聞いてきた確神の民の言い伝え・・・など、ファンタジー全開な設定などは面白…

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『本の背骨が最後に残る』/斜線堂有紀 ◎

斜線堂有紀さんは、初めて読む作家さんです。本作『本の背骨が最後に残る』、表紙からして幻想的で耽美で、非常に魅力的です。読む前から期待が高かったのですが、全くそれを裏切らない素晴らしい作品でした!!私、〈少々イタいアンニュイ嗜好〉があるんですが、それにドンピシャ。あ、この場合のイタいは体に与えられる痛みではなく、残念な感じにイタい中2病的なアレです(笑)。とにかく、耽美で残酷で陰惨で甘美な短編集です。 7つの物語の登場人物たちが陰惨な状況下に置かれてなお、美しいと感じてしまいました。痛みすら自分の美しさに変換できる、魔法のような力を彼らは共通して持っていたのかもしれないですね。あるいは、陰惨な暴力に晒され、それでも自我を手放すことなく抵抗する気概が、彼らに芯の通った美を付与していたのかもしれません。どちらにしろ、私のような生半可な耽美&アンニュイ嗜好では、耐えることは出来ません。読みながらも、「う・・・」「あぁぁぁ・・・」と、唸ってしまっていたぐらいです。でも、彼らが醸し出す美しさを堪能しました。本当に素晴らしかったです。 どの物語も切なく痛々しいのですが、「痛妃婚姻譚」が最も華麗で痛切でした。治療における痛みを、電気信号として別の人物に移し替えることができる技術が生まれた世界で、多くの人たちの痛みを引き受けながらも艶やかに優雅にダンスする〈痛妃〉。彼女らを飾り立てるのは、彼女らの不幸に罪悪感を覚えなくていいように、という利用者側のエゴでしかないにも関わらず、美しさ優雅さの頂点を極める〈舞踏会の…

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『朝星夜星』/朝井まかて ◯

出島の阿蘭陀商館で西洋料理の修行した料理人・丈吉に見初められ嫁となったゆきは、〈自由亭〉という日本初の西洋料理屋を始めた夫に従い、長崎での開業、大阪への進出、ホテル経営の一端を担い、現場を退いて家庭を営み支え・・・波乱万丈の生涯を過ごすことになる。朝井まかてさんが描く、ゆきの目線から見た幕末から明治維新、明治の終わりの日本と西欧諸国との関わり合いの一端、あんなこともこんな事もあったのか・・・歴史の授業では扱われない庶民の日々をも堪能しました。『朝星夜星』というタイトル通り、日本の外交・経済発展に尽くす人々、彼らに西洋料理を提供した丈吉とゆきの、朝も夜も星を見る時間まで働くという奮闘ぶりを描いた、良い物語でした。 実は私、昨年末から午前中だけのパートタイムからフルタイムに勤務時間を変えたため、読書に割ける時間がちょっと減ってしまい、この作品に関しては別の作品も挟みつつ読了まで1ヶ月ぐらいかかってしまいました・・・。厚みがある本だったというのもありますが、ちょっと思ってたのと違ったというか、〈日本初の洋食屋〉の物語と思ってたのが、洋食店経営に関する話以外も、長崎から大阪への進出の際には料理店だけではなくホテル経営に手を広げ、ゆきがそこから手を引かされ家庭に戻ったり、妾3人が突撃してきたり、子供3人の行く末が様々であったり、主要な利用客が当時の政界・経済界の偉人たちで様々な世情が描かれていたり・・・と、なかなかにエピソードが多く、それらが少し印象が散漫になってしまったような気もします。 あの時代の平…

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