この作品は、素敵だ。紫式部が、優しく穏やかでいて、聡明でいきいきとした人物として、描かれている。ただの王朝謎解きだけでなく、物語を世に出すための懊悩や、貴族社会の熾烈な争いなども克明に描かれていて、興味深い。紫式部の周りの人物たちも、非常に人間的な迷いや欲があって、それをいやしさを感じさせず表現してるのが、素晴らしいと思う。
特に『源氏物語』「かかやく日の宮」の欠帖について描いた第二部「かかやく日の宮」は、登場人物すべての心情を丁寧に描いたところが素晴らしかったと思う。タイトルの『千年の黙』は、千年もの間、人の目に認められることのなかった「かかやく日の宮」の帖を再現した物語であり、千年の間散り消えることなく伝わる物語を描いた紫式部の想いを描いた、ということか。
中宮定子の元から消え去った帝寵愛の猫(「上にさぶらふ御猫」)をめぐって、宮廷内の覇権争いや後宮の寵愛争いまで見てとり、「宮仕えはしたくない」と思いを新たにする、香子(紫式部)。その香子に仕え、目や耳となり情報を得るため奔放に駆け回る女童・あてき。香子の夫で実直な宣孝。中宮定子と、その女房・清少納言、藤原道長と、入内を控えたその娘・彰子、藤原家の童・岩丸。それぞれが、とても人間らしく描かれていて、魅力的だ。
あてきのお転婆さは、なかなか茶目っ気があって好感が持てる。反対に、落ち着きはらって父道長の所業を知りつつも騒ぎ立てない彰子にも、後の妃がねとしての器の大きさ、寛容さがうかがわれて、同じ女性として憧れを感じる。もちろん紫式部は言うまでもがな、である。
「かかやく日の宮」の欠帖に関して、丸谷才一の『輝く日の宮』で謎を知っていたが、この作品の筆者森谷明子さんの語るその欠帖の内容、そしてその理由は、大胆でありつつも、信憑性が高い気がする。自分の描いた物語を、完全な形で後世へ残したいという語り手(描き手)の切なる願い、だが時の権力者に背いて物語そのものを消される事への怖れ。そして、今後の物語を護るために、今までの思いを翻して出仕を決意する香子。物語を作り出すものとしての苦悩や矜持を、多分筆者の気持ちも込めて描いてるのだと思う。私自身はただひたすらに鑑賞する側なので、物語の作者達がこのような強い想いを持って著作に挑んでいるのか、と気がつかされ、目の前が開けたような気がした。ブログを始めてからは、以前より心して物語を読むようにしていたけれど、今まで以上にもっと気持ちをこめて作品を読まねば、と。
「雲隠」の帖がタイトルだけで、空白であること。その意図はさまざまに取りざたされているけど、森谷さんの説は「かかやく日の宮」で香子が受けた仕打ちを上手くやり返していると思った。ある意味、酷である。自らがモデルであろうと自負していた道長、に、きらきらしくも美しい源氏の君の往生の物語を読ませ、その後で「~~源氏の君の最期をこれほど安楽に定めてしまってはならない~~ (本文より引用)」と、焼き捨てる。
自らが描いた物語を、心ゆかぬとして、火にくべる。その潔さが、紫式部らしい。凛としている。
ストーリーとも感想ともつかぬ文章を書き連ねてしまいました。
自分の中で消化して文章化したかったのですが、多分、私のアタマでは無理そうなので、思ったことを思ったままに、つらつらと。作り手には成り得ない、私であります(笑)。
あ、全編所々に出てきては、しかめつらしい事をぐずぐずと言っている、大納言・藤原実資がオイシイ位置にいると思うとは、水無月・Rの脇キャラ好きも極まれり、でしょうか(^_^;)。
格式ばって一生懸命日記に記録をつけてるけど、その実物語好きで「かかやく日の宮」の帖を隠し持っている、あのオジサンです。実資の子孫のところから、出てこないかな~「かかやく日の宮」の物語。世紀の大発見になると思いますが。って、その設定、森谷さんのフィクションだから(笑)。
源氏物語読んだことない人も楽しめます!とはちょっと言い難いかな。大体のストーリを知ってればいいと思うんで、『あさきゆめみし』なんかどうでしょうね。あとちょっとパロディ色も強いですが、田辺聖子さんも源氏を書いてたと思うんですが・・・タイトル忘れちゃった。面白かったですよ。
『源氏物語』執筆時の紫式部とその周りの人たちが、生き生きと描かれていて、とても興味深い作品でした。それと、物語の作り手の凛とした矜持が、文句なしに◎、ですね!
(2007.11.21 読了)
源氏物語メイキングシリーズ♪
『千年の黙~異本源氏物語~』 (本稿)
この記事へのコメント
june
実資さん、私も好きです。物語好きのおじさんいいですよね♪実資さんのところから「かかやく日の宮」出てくるといいですね。って、そんなこといったら水無月・Rさんに突っ込まれますね(笑)。
水無月・R
実資さんのブツブツに「面白いオッサンだな~」と喜んでしまった、水無月・Rであります。「かかやく日の宮」、発見されないかなぁ~。
紫式部の作家としての懊悩と矜持、そして作家だけでなく家庭人としての優しい人間性が、とても素敵だったと思います。
エビノート
どこかに存在しているはず!!と半ば信じてます、私(笑)
平安時代に生きる人々の様子をイキイキと描いてあって、デビュー作とは思えない面白さでした。
水無月・R
登場人物たちの生き生きとした存在感、源氏物語誕生の秘密、作家としての作品への想い、様々に読みどころがあり、とっても堪能した作品でした(*^_^*)。
やぎっちょ
実はすっかり忘れていたのですが、ふと思い出して購入しやっと読み終えました。ご紹介くださってありがとうございました!
これは確かに(他のブロガーさんも書いている通り)源氏物語を漫画でもいいから、知っていた方がより楽しめたかもしれませんね。まず、映像を思い浮かべるのが割りに大変でした。
長編大作ということで、読み応えがあって、内容もなはっからうまかったと思います。
ご紹介くださってありがとうございました!!
水無月・R
紫式部(香子)の物語への矜持が香り立つ、良い作品だったと思います!
物語好きにはたまらない、物語の背景を描いてますもんね~。私はこういう作品大好きです。
香桑
『小右記』という実資の書いた日記は50年分ぐらいあって、平安時代の資料になっているんですね。一人娘を溺愛して、でも、その娘に先に死なれてしまう気の毒な人であったようです。
その人がねぇ……。
道長が取り上げた草稿のほうでもいいから、世紀の発見で出てきたらいいのにですね。
日本の大学図書館の片隅に、誰も読まずに放置して積まれている古文書の中に、ひっそりと隠されていないかなぁ。
あてきと岩丸のじれったい愛にも、萌えをいただきました♪
水無月・R
実資さんファンクラブを作りましょう(笑)。
何とも味のある、いい小父様ですもの~(^_^;)。
どこかから、出てこないかな~。ホントに。
岩丸のじれったい愛、何ともほほえましいですよね♪
あ・・それから、思い出しました!田辺聖子源氏は『異本・源氏物語』『私本・源氏物語』だったと思います~。
香桑
田辺聖子さんバージョンの源氏物語、水無月・Rさんも読んでいらっしゃったことが嬉しかったです。再読したくなりました。タイトル、ありがとうございます。
でも、もっと嬉しかったのは、ここに久しぶりにTB&コメントできたことです。