・・・やられたな。これは致命傷だぞ。大丈夫か、水無月・R。
桜庭さん・・・・スゴイな、あなたは。こんな湿度の高い、粘液のような物語も紡げるとは。
いつものあの、笑いとツッコミ処満載の、明るい桜庭色は、全くありません。
『私の男』というタイトルから浮かび上がる、その淫靡なイメージ。しかし、それを上回る、ストーリー。いや~、かなわんな~。なんてこったい。
今まで「桜庭さん、大好きッ!」と叫んでいた、あの文章は全く身を潜めています。
――― 桜庭一樹という作家は、怖いぞ。
その怖さのあまり、まともに書けそうにない(断じて、今回は萌えではありません)。
腰が抜けそうだ。何が怖いって、全然作風が違うし、なのにすごい惹き込まれて、どんどん読んじゃって、逃げ場がない。
もともと、いろんなブロガーさんのレビューのさわりだけ、ちらっとRSSで眺めて「この物語は、やばい」と思ってたんですよね。この手のストーリーは健全なる小市民(?)な水無月・Rには、荷が重すぎるかもと。だけど、あまりにいろんな方が読んでるし、やぎっちょさんにもお勧めいただいたし、ここで逃げては読書ブログ執筆者(なんて肩書はあるのか?)として、あまりにも情けなかろう。てな訳で、無謀にもチャレンジ。そして、撃沈。
主人公・腐野花は15年前、震災で家族を失う。彼女を引き取り、養女にし、共に暮らした男・腐野淳悟。2人の間にあるものは、何なのか。濃密で、糸を引きそうなほどに粘りつく、お互いへの依存。なのに、無味乾燥に砂の如く乾いた、空気。その2つが共存するからこそ、怖れつつも目を背けることなく、物語を読むことができました。
2人の関係だけを、花が結婚し、淳悟が失踪した現在(2008年)から、過去へ遡っていく。2人がそれぞれに犯した罪。2人が経てきた罪。そして、たどり着いた、15年前。花と淳悟の本当の関係。
~~私は骨になってもおとうさんから離れないんだからね~~
~~親と子は、相手が、誰より大事なんだから。だから、なにをしてもいいのよ~~
その言葉の、奥底にある、2人の孤独と、最初にどこか狂ってしまった歯車への諦め。それでも、決して後悔しない、2人だけで完成した世界の、澱むような静けさ。
『赤朽葉家の伝説』や『青年のための読書クラブ』の時にも思ったのですが、桜庭さんは、一つの事象を時間に沿って語っていく、そのやり方がすごく上手ですよね。今回、過去から未来へではなく、現在から、過去へと、2人を追っていく。
読み進めるうちに、「ああ、あれは、こういうことがあったからなのか」と、納得し、さらに物語に引きずり込まれた。逃げられなかった・・・。
以前、『桜庭一樹読書日記』の時に、桜庭さんは「ズシンズシンと迫ってくる怖さ」の物語を好んで読んでらっしゃるのかなと思いました。そして、今回そんな作品を作った。桜庭さんが書きたかったのは、こういう物語なのかも、なんて勝手に思ったりもしました。テーマがもうちょっと小市民向けだったら(笑)、もっと読んでみたいですね。
でも出来れば、いつもの「桜庭色」たっぷりな、昭和初期文学調な文体の、笑いとツッコミ処満載な物語も読みたいです。
(2007.12.22 読了)
追記:2008年1月、直木賞を受賞しましたね!この本読んで他の桜庭作品へ行った方はびっくりするんだろうなぁ・・・(笑)。
この記事へのコメント
すずな
最初の章で「うわー;;;」と引いたものの、過去へと読み進むうちに、どんどん惹きこまれて読んでしまいました。
水無月・Rさんが書いてらっしゃるように、まさに「逃げられなかった・・・」という感じでした。
桜庭さん、凄いっ!と感嘆。
やぎっちょ
粘度の高い物語でしたね。「逃げ場がない」というのはとってもぴったりな表現だと思います。うまい!
それでいてたぶん他の作家さんが書けばもっとドロドロだと思うんだけど、桜庭さん流というのがなんとなく伝わってきました。時系列の逆行もそうだし。
あとはどんな引き出しを持っているんでしょうね。次の桜庭作品がとても楽しみです★
エビノート
皆さん書いてありますが、「逃げ場がない」って的確な言葉ですね!
後半に行けば行くほどそんな感じで、もう最後まで読むしかない感じでした。
最後まで読んでしまうと、また最初に戻ってしまって、抜け出せない(^_^;)
二人の関係にこちらも絡め取られた感じさえしました。
水無月・R
かなり引く内容のはずなのに、桜庭さんの文章で、どんどん惹き込まれていく。それが一番恐怖でしたね。やっぱり、桜庭さんはすごいなぁ。
>やぎっちょさん、ありがとうございます。
いや~、そんなに褒められてしまうと、調子にのっちゃいますよ、私(笑)。
確かに、他の作家さんが書いたら、と想像したら、読めないかも・・・。
ホント、桜庭さんの幅広さに脱帽ですね。今度はどんな作品を発表してくれるのでしょう。楽しみです。
>エビノートさん、ありがとうございます。
「逃げられなかった」のは自分だけじゃなかったんだ、とちょっと安心しました。
2人の世界に捕われ、そして、絡め取られる。けれど、花と淳悟の間には、誰も入れない。そんな物語でしたね。
藍色
父娘の禁忌と秘密の重さに捕らわれましたね。
読み進めるほどに息が詰まるみたいでした。
『桜庭一樹読書日記』に書かれていた、心身を削るような創作姿勢に納得もした一冊でした。
水無月・R
『桜庭一樹読書日記』を読んだときは、桜庭さんがドロドロ系?という思いがあって、あまり注目してなかったんですが、『私の男』を読んで、そうか~!と合点が行きました。もう一回『桜庭一樹読書日記』をチェックしなくては!
ERI
「なんてこったい」でしたね~。私は、このドロドロ感が、けっこう好きだったんですが。桜庭さんが、新しい地平を見せてくれはったなあと、ドキドキしました。どうして、女は、こんなに男に与えてしまうんでしょうね・・。与えつくさずにいられない、その聖性が、悲しくて美しかった。グロテスクの中から、美を彫りだす筆が見事でした・・。
水無月・R
・・・なにせ私、小心者なので(笑)。
テーマそのものはちょっと苦手でしたね。
ただ、桜庭さんの描き出すグロテスクな純粋さは、良かったと思います。
一番怖かったのは、読者として物語から逃げられなかった、桜庭さんの筆力、ですね。でも、逃げ切りたいとは決して思わないんですよね。囚われてみたい、物語と一緒に沈んでみたい、そう思ってしまう自分に驚きました。
まみみ
水無月・R
確かに苗字は「ぎゃふん」でしたね(笑)。
実際アリなのかしらん・・・。
ええ、今までの桜庭さんから一転して、じっとりと粘質な筆致、物語の奥底から伸びてくる触手、捕えられたら逃げられない、って感じでした。実際、逃げられず、一気に読み切っちゃいましたもの。
直木賞候補!是非受賞してほしいですね♪
june
水無月・R
桜庭さんのいろんな面を知り、ますますその物語に惹かれています。次は、どんな作品を発表して下さるんでしょう。
大いに期待していますし、きっとその期待を上回る、すごい作品が世に出るんだと思います!