背後を、闇を纏った「何か」が通り抜けたような、密やかな悪寒がした。
・・・これは、本当のホラーだ。ホラーだけれど、ただ恐怖を煽るというのではなく、しんしんと降りつもる仄かな寂しさを湛え、「ひと」の心を静かな暗がりに捕えて離さない。
・・・何をカッコつけてるのかって?いや、そうじゃないんですってば!ホント、これは、すごいですよ。ガンガン恐怖を煽るホラーは逆に怖くないんですよ。しんしんと静かに、段々と捉えられて、逃げるタイミングを失って、底なし沼に引き込まれて、振り返ると、そこには密度高くわだかまる、闇。
ぎゃあ~~!!怖い怖い怖いッ!
恒川光太郎さんは、『夜市』で、その和製ホラーな美しさを実感していた作家さんですが、この『秋の牢獄』は、さらに上をいきますね!
しんしんと、密かに迫りくる、そこはかとない恐怖。ありえないと言い切れない、境界線の曖昧なダーク・ファンタジー。
そこに、救いはあるのか・・・。
抑えた描写で逆に陰影がはっきりして、その陰にある妖の存在が浮かび上がる、その文章力。恐怖で圧倒するのではなく、さりげない描写が後から利いてきて、とにかく、いつの間にか怖かった。まあ、水無月・Rは相当、小心者なんだけどさ。
何回も繰り返す11月7日。リプレイヤーたちの集会。だんだんと、消えていくリプレイヤー。なぜ、11月7日が繰り返されるか明かされないまま、関連があるかもわからない「北風伯爵」が通り過ぎていく。11月7日をリプレイすることを信じてくれなかった友人までが、リプレイヤーになる。主人公・藍は11月8日に迎え入れられるんだろうか。わずかな希望のある終わりが、救いだった「秋の牢獄」。
1年かけて、日本全国を巡る「神の家」。その守主である翁から、訳も分らず望まないままに家を譲り受けた主人公。誰かと入れ替わりでないと「家」の敷地から出られないため、何とかして「外」の人間を引き入れようとするが、逡巡し。でも、やっと引き入れ、入れ替わった男は、狂った凶悪な男で、「神の家」を利用して快楽殺人にふける。その男を何とか「神の家」から出そうと、乗り込んでいく主人公が最終的に迎えた結末は、「神の家の焼失」。古来より続く、全国を巡り、様々なものをもたらし交流してきた、神の家は、消えた。軽やかに始まったかに見え、悪意に染まっていく、「神家没落」。
幻想を産みだす能力を持った女性の復讐譚、「幻は夜に成長する」。幻想の力を、宗教団体に囚われて利用され、密かに力を貯めていく・リオ。能力向上の波にのみ込まれ、翻弄され、耐えた後に、今まで貯め続けた悪夢と悪意を解き放つ。一瞬にして、人が狂う、圧倒的なまでの、悪意、憎悪、地獄、絶望。リオは、自由になれるのか。
実を言うと、案外怖くなかったです、これは。典型的な、圧倒的な恐怖、だったからかな。もちろん、読後のザラザラとした嫌悪感はぬぐえませんでしたが。
ある時、ふと振り返ると、異界に取り込まれていて、という日常からほんの少しずれたところにある異界は、もしかしたら、どこにでもあるのかもしれない。いつか、私も、そこへ迷い込むのかもしれない。そんな気持ちになった、しんしんと怖い作品でしたね・・・。描写が美しくて、逆にそれが、怖い感じがしました。
・・・っって、うわッ!気が付いたら、すごく感傷的な文章になってたわ。ビックリ。もっと冷静に書くつもりだったんですが。あははは。
(2008.01.18 読了)
この記事へのコメント
ハル
僕もこの作品を読み終わったばっかりで、後からじわじわくる心理的怖さが良いですね。恒川さんの独特の世界観と語り口、僕もはまりました。
水無月・R
コメントありがとうございます。
淡々と語るようで、後ろに重た~い闇が澱んでいるような、そのくせ、濁っている訳ではなく清澄な描写が良かったですね。
藍色
しんしんと静かに伝わる怖さでしたね。
ホラーは苦手なはずなんですけど、囚われた人たちのドラマ、引き込まれました。
また読んでしまうかもです。
エビノート
恒川さんの描く異世界と、そこに迷い込んだ人々の思いが印象的な作品でした。
まみみ
どれも派手なお話じゃないのに、怖さはもうかなりのレベルでした…そういえば恒川さんの本の表紙って、どれも雰囲気があって素敵ですよね。けどそれに騙されると痛いんだ…(-_-;)
水無月・R
恒川さんの描く異界は、いつの間にか自分のそばにありそうで怖いですね。気がつかずに取り込まれてしまったり、自分ではないけど何か大切なものを連れていかれたりしてしまいそうで・・・。
>エビノートさん、ありがとうございます。
恒川さんの異界には「侘び・寂び」があるように思いますね。行ってみたいような気もしますが、帰ってこれないのはやっぱり困ります・・・。
>まみみさん、ありがとうございます。
そうですね、表紙がきれいだし、文章も美しくてついつい惹き込まれ、気づいた時には闇の中~…って笑ってる場合じゃないですな(-_-;)。
あ~、怖かった。
雪芽
しんしん怖いって表現、わかります。こういうのって嫌ですよね。いっそひと思いに怖がらせてくれぇいって思います。でも、そのしんしん感がたまりません。
恒川さんの研ぎ澄まされた文章が創り出す異界は、妖しいまでに美しいです。
水無月・R
えぇ、怖いですよねぇ…。ほら、後ろに、何かわだかまってませんか・・・?異界は、そこにあるかもしれません・・・・ぎゃ~!怖いッ!
文章から浮かび上がる世界が、澄んでいるだけに、余計、たまりませんね(^_^;)。
空蝉
水無月・R
えぇ?!つられてだなんてそんな・・・。こんな自己中心な駄文ですよ(笑)。
でも、書き溜めてらっしゃるなんて、すごいです。羨ましいですよ~。読んですぐ記事UPしても、月10冊ペースですから・・・(^_^;)。
『夜市』も良かったですよね!
june
美しい異界、惹かれるところもあるんです。でもうっかり踏み入れたら・・・
>しんしんと静かに、段々と捉えられて、逃げるタイミングを失って、底なし沼に引き込まれて、振り返ると、そこには密度高くわだかまる、闇。
ってことになるんでしょうね・・。うぅ怖い・・。
水無月・R
恒川さんの描く世界には、日本人に共通の郷愁があるのではないでしょうか。
だからこそ、いつの間にか怖いのだけれど、強く惹かれてしまう。
そんな気がしますね。怖いけど、でも見てみたい。そこに行ってみたい。囚われてみたい。
そう思ってしまうことが、一番怖ろしい気がします。
すずな
恒川ワールドを堪能いたしました。
水無月・Rさんが書かれているように、まさに”いつの間にか怖かった”って感じでしたね~。ぞくぞくしました。このぞくぞくがクセになりそうです^^;
水無月・R
美しい描写にうっとり~としてるうちに、背後に闇の気配が・・・!という恒川さんの物語は、ホントにすごいですよね~!
早く新作が読みたい、だけどじっくりといいものを書いてほしい、うう~、ジレンマです~。