ああ・・・桜庭一樹さんの描く少女は、どうしてこんなに、リアリティがあるのに、美しいのだろう・・・。なんだか、泣きたくなる。あの頃、確かに私たちは子供で、大人になりたくて、でもなりたくなくて、狭い世界で苦しんだり喜んだりしていた。
・・・あの頃の少女だった私たち。『荒野』は、そんな普通の少女の12歳から16歳を切り取って、結晶化したような物語だ。
――― 告白します。水無月・Rは、桜庭さんと同じ年生まれです。同じ女です。
ですが・・・桜庭さんは「物語を生み出せるひと」であり、水無月・Rは「物語を読むことしかできないひと」であります。悔しい気持ちも、無くはないです。「物語を生み出したい」という気持ちがあった時期もありました。到底、その域に達することは出来ないと、諦めて幾年月。
有川浩さんの物語と出合い、ブログを始め、桜庭さんを知り、桜庭作品に萌え狂って身悶えし。『私の男』ではその情念の深さにつかまって逃げられなくなり。だから私にとっては桜庭さんも、かなり特別な位置に存在する作家さんです。
(←不動の一番は有川さん
ですが)

12歳、私立中学の入学式の日、窮地を救ってくれた男の子・神無月悠也。女の人にだらしがない恋愛小説家・山野内正慶の娘・山野内荒野は、悠也に惹かれていく。だが悠也の態度は冷たい。父・正慶と悠也の母・神無月蓉子が再婚することになり、同居が始まるが、お互いの惹かれる気持ちに気付きながらも、悠也は『青年は荒野をめざす』さながら、アメリカへ留学。(第一部)
13歳、クラスの男子に好かれたり、悠也を想ったり手紙を送ったりして過ごす荒野。うつろう心。父の出奔と義母・蓉子さんの妊娠と出産。そして、悠也の帰還。そして、お互いの気持ちを確かめあう2人。(第二部)
15歳、エスカレーターで進学した高校へ通う荒野。悠也は東京の全寮制高校へ。二人は付き合い始めている。父の作品が恋愛小説賞を取り、その元ネタが蓉子と知り家の中には複雑な感情が絡み合う。幼子・鐘を連れた蓉子の、編集者との駆け落ち。そして、蓉子の帰宅。大人ではないけど、12歳のあの子供の頃とは違う16歳。――時は、流れた。
小説家である父・正慶の「女にだらしがない」感じがすごかった。なんだかヌボ~っとしていて、それでいて身の回りにはいつでも女の影があり、しかもその女達は正慶に「黒猫ちゃん」と称される荒野に、敵愾心をあらわにする。そんな、蜻蛉のように正体が薄く揺らめいている正慶の描く恋愛小説は、身の回りの女たちをモデルにしている。荒野が小さい頃から居た、さばさばとした家政婦の奈々子さん。再婚相手の蓉子さん。元愛人で担当編集者で別の男と結婚する、付けまつげの女・・・。しかし、正慶は絶対に荒野をモデルにしない。そこに確固とした荒野への愛情とけじめを感じて、ただのズルズル恋愛体質男ではない、芯の真っ直ぐさを正慶は持っている、と安心した。
男は己の外に荒野を探し、女は家の内に神経網を張り巡らせて密やかにその世界を司る。
父の周りを漂う、女の気配。それに気付き、身につけ、荒野はだんだんに大人へと変貌してゆく。
12歳、まだ青虫のように無邪気だったころ。青虫なりに迷いや悩みもあったけれど、そこを超えて13歳・14歳になり、さなぎの15歳・16歳。羽化するのは、もう少し、先。けれどもその片鱗は見えていて。
黒髪の乙女・荒野。悠也の目指す荒野は、「山野内荒野」ではなく、自分で切り開いてゆくべき世界だけれど、そこに「山野内荒野」も含まれている。荒野も、思春期の少女の悩みや迷いを、避けることなく逃げることなく新しい世界へ踏み出そうとしている。だけど、2人の違いは、軸足なのではないかという気がする。
悠也の軸足は、見知らぬ荒野の世界。荒野の軸足は、代々住み続けてきた、築100年にも及ぶ家。女は家に根を下ろし、そこから発展してゆく。ちょっとだけ『赤朽葉家の伝説』を思い出しますね。
とにかくね、物語の流れが美しい。文章から浮かび上がる、情景がちょっとセピア色めいていて、美しい。
普通の(父親が小説家であるところはちょっと普通じゃないかな?)女の子が、恋や葛藤を経て成長してゆく、その姿をつぶさに描いて、なのに雑味が全然ないところ。アンティーク着物を着て、古都鎌倉をそぞろ歩くアルバイト。スポーツ万能少女、大人びた美少女(だけど好きになるのは女の子だけ)、な友達たち。惹かれた男の子は、父の再婚相手の連れ子で、だけどすぐに留学してしまって。父の小説に描かれる女達は、荒野の知っている人なのだけれど、「女」な部分が強く描かれていて。だけど、それを描いている父はなんだか薄ぼんやりと輪郭が曖昧ながら、荒野のことは本当に大事にしている。
うう~ん。なんだかとても曖昧なことしか書けてないですね・・・。
ただ・・・言えるのは、桜庭一樹さんが描く少女の物語は、とても切ないです。切ないのに、強い。硝子細工なのだけど、強化ガラス製。キラキラと輝いて繊細なのだけれど、少女であることの弱さや守り切れなさを描いていて、痛いのだけれど、でも、まっすぐ前を見ている感じがする。傷ついても、傷つけられても、傷つけても尚、己の輝きは失わない、少女のしたたかな強さと弱さ。その絶妙なバランスが、素晴らしいと思います。
私が、あの平凡にくすんでいたけど輝きを内包していたかもしれない、あの思春期に、桜庭作品に出会っていたら、もっと違う少女時代を過ごしていたかもしれないと思う。だから、この物語は、思春期真っ只中の、少女たちに読んで欲しいと思う。
もちろん、そこを通り過ぎてしまった、私のような年代の元少女や、少女にはなれないけれどきっと何かをつかみたいと思っている少年・元少年にも。
・・・少女は、弱いけれど強いのだ。
―――因みに。この「荒野」のモデルは、今回直木賞をとった「井上荒野(あれの)」さんではないだろうと思ってます。・・・そりゃそうだ(井上荒野さんは全身小説家・井上光晴氏の娘さん)。桜庭さんとは同じ直木賞繋がりではありますが・・・・余談ですね。
(2008.07.16 読了)
この記事へのコメント
エビノート
という言葉がしっくりきました。
これまでの桜庭さん作品で、少女たちの脆くて弱いが故の痛みを描いた作品を結構読んできたので。荒野の脆くて弱いばかりじゃない、芯の強さにホッとしちゃいました。
水無月・R
『青年のための読書クラブ』ぐらい辺りから、桜庭さんの描く少女は脆さに加えて強かさを持ってきたように思いますね。
弱いけれど、強い少女は、もしかしたら最強なのかも知れません。
もう、少女ではないけれど、こういう物語の素晴らしさには、本当に喜びを覚えます。
すずな
読みながら、つい自分の”あの頃”を懐かしく思い出していました。自分にもこんな時代があったよなぁ~と・・・。
荒野の、脆そうでいて実はとっても強いところに魅了されました。羨ましさも感じたり。
有川さんはもちろんですが、この作品を読んだら、桜庭さんの次作もとっても楽しみになってきました~!
水無月・R
桜庭さんの作品の美しさは、いつも心惹かれます。次々読んでいきたいような、大切にゆっくり読んでいきたいような・・・。
読了後、切なさと喜びに、鳥肌が立ちました。こんなコト初めてだったので、びっくりしました。
ERI
これからも凄く楽しみな作家さんの一人ですね!!
水無月・R
・・・!桜庭さんの大河ロマン・・・(*^_^*)!
考えたことなかったですけど、素敵ですね♪
煌めいて透き通る少女の成長と、強化ガラス製の強さ、美しさ。ぜひ描いていただきたいです!(←きっと萌え萌えしてしまう~(笑))
雪芽
レトロな北鎌倉に住まう少女の壊れそうで壊れない、キラキラした心の震えが伝わってくる話でしたね。周りの大人達の世界は男女の情念でいっぱいなのに、荒野の世界は侵食されることなく、瑞々しく美しくて、そんな対比もよかったです。
桜庭さん、初期の頃から変遷を追ってみたくなりました。
物語を生み出せる人と読む人。有川さんの「ストーリー・セラー」ですね、涙。。。
水無月・R
桜庭さんが切り取る、少女の一瞬一瞬が、とても美しくて、そして切ない。
ホントに素晴らしいです!ぜひ読んでくださいね♪
空蝉
あ、申し訳ないのですが先ほど「メッセージを送る」から初めてメールを出させて頂きました。大変申し訳ないお願いなのですがお読みいただけたらと思います。
水無月・R
切なくて、苦しくて、でも前を向いてぐんぐんと歩いてゆく、その強さが、とても素敵ですよね。
ますます、桜庭さんの行方から、目が離せなくなりそうです♪
june
言われてみると、荒野の軸足は家だし、家に来た女の人は母親になり新しい命が誕生して・・。これは少女の物語であると同時に家に根をおろして連綿と続いていく女の人の物語「赤朽葉家」ですね!水無月・Rさんの記事を読んで初めて気付きました。
水無月・R
荒野の成長する姿が美しくて、羨ましくて、でも胸がぐっと詰まってくるような痛々しさがあって、いろんな感情が渦巻く作品でした。
ホントに、桜庭さんはすごいですよね~。