『スカイ・イクリプス』/森博嗣 ◎

~~綺麗だ。
  濁ったものはここにはない。
  なにもかも、
  消えてしまったから。
  美しい。
  空しかない。~~
 (本文より引用)
空で、戦闘のダンスをすることでだけ、生命の現実感を得ることが出来る〈キルドレ〉達。
彼らは、思春期の姿のまま、永遠に生き続ける。

森博嗣さんの「スカイ・クロラ」シリーズ。本編である『スカイ・クロラ』『ナ・バ・テア』『ダウン・ツ・ヘヴン』『フラッタ・リンツ・ライフ』『クレイドゥ・ザ・スカイ』のいくつかのシーンを別の視点で見つめる短篇集、『スカイ・イクリプス』
リアリティの欠如した〈キルドレ〉は、永遠の子供。その果てしない孤独は、透明で儚い。彼らの抱く〈哀しみ〉は〈絶望〉は、そして〈空への憧憬〉は、彼らをどこへ連れて行くのだろうか。

「ジャイロスコープ」
メカニックの笹倉視点で語られる、草薙のエース時代。笹倉が、草薙の散香(飛行機)に改造を加え続ける理由。
「ナイン・ライブス」
猫には九つの命がある。〈大人〉であるティーチャの、空への想い。生まれた瑞希(草薙との子)を引き取り、転社した後の物語。
「ワニング・ムーン」
戦闘で海に不時着した「自分」。助け上げてくれた船の副船長は、過去空母の航海士であった。自らの命を絶った、副船長。「自分」は誰だったのか。
「スピッツ・ファイア」
基地の近くの店を訪れる、草薙。後から訪れる基地の新人。その後に訪れる2人の娼婦。
『スカイ・クロラ』冒頭のシーンをたどる。
「ハート・ドレイン」
草薙を引き立て、戦争を操作する側となる、〈大人〉の甲斐の決意。
「アース・ボーン」
この地に生まれたもの。土岐野と組んでいるマシマが知った、娼婦フーコと栗田。マシマは、娼婦を辞め店を始めたフーコから葉書を貰う。フーコが残した車がバッテリィ上がりする。
「ドール・グローリー」
彼女が訪ねた函南。函南はまた記憶が曖昧になっている。彼女は回想する。〈姉〉とある男を探した旅のことを。〈姉〉は、栗田に請われて彼を射殺した。彼女の母は病院で死亡している。彼女は見舞いに行って気がつくのだ。函南より、〈大人〉になってしまった自分に。簡単に嘘がつける自分に。彼女は、瑞希。
「スカイ・アッシュ」
老化の進む元・〈キルドレ〉の彼女。夢を見る。空を飛んでいた、あの時。銃口を向け、殺したのは、誰だったのか。殺されることを願ったのは、自分だったのか。そして「僕」は、フーコに再会する。「僕」とは、誰なのか。

空でしか生を実感できない、〈キルドレ〉。彼らの怜悧な孤独を、混乱する記憶を、交錯する人格を、「ひと」は断じてはいけないのではないかと思う。彼らは、その「永遠」故に、美しい。彼らが切望する「空」は、何物をもとどまらせない。

今作で「スカイ・クロラ」シリーズの謎は解けるのかと言うと、実はあまり解けない。
しかも、本編を読んでないと、解らない部分がたくさんある。本編を読んでいると、あの時、語られなかった物語の中に、こんなことがあったのだという、驚きと物語の多面性に心奪われるのだが。
結局『クレイドゥ・ザ・スカイ』の栗田→函南?の件も、訳が分からないし、更に今作「スカイ・アッシュ」ではその交錯する記憶と人物の自覚意識の中に、草薙すら紛れ込んでしまっている。
それを、受け入れる、フーコ。もしかすると、フーコは「聖母~生きとし生けるもの全ての母」なのではないか。
フーコと「僕(彼女)」は、最後につぶやく。
~~「夢のようだわ」
  「そう……、夢のようだね、なにもかも」~~
 (本文より引用)

〈キルドレ〉達のいる世界そのものが、
なにもかも、夢なのかもしれない。
それでもいい。それで、いい。確かなものなど、何ひとつないのだから。

今回の表紙は、薄墨がかった水色の雲の上。上空は明るいけれど、やはり雲が天井になっている。この世界に、自分の意識を滲ませ、浸透させることが出来たらいいのに、と「ひと」たる身で憧れを抱いてしまった。叶うことのない、望みだけれど。
入れ違い、連綿と繋がり、生まれ変わり、永遠に死なない〈キルドレ〉だけがそこに、意識を拡散することが出来るのだと思う。

私は、〈キルドレ〉達の、永遠の孤独を、冷たいナイフで引き裂かれるような淋しさを、羨望する。
彼らは、全てを削ぎ落としたから、美しい。儚く、「ひと」にはたどり着けない遠くにいる。
彼らから、空が奪われることのないように、彼らの翼が喪われることのないように、切に願う。

・・・相変わらず、全くもって感傷的な長文ですな・・・。

(2008.09.13 読了)
スカイ・イクリプス
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著者:森博嗣出版社:中央公論新社サイズ:単行本ページ数:245p発行年月:2008年06月この著者の


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