前評判がすごかった、この『告白』、確かにスゴイ。
「事故だったはずの自分の娘の死は、本当はこのクラスの生徒に殺されたのだ」と女性教師が語り始めるという、インパクトのある序章、その後5章にわたって、事件と事件その後について、事件関係者とその周辺の人物が語る物語は、あまりにも陰惨で、救いがない。
予想をはるかに上回る、「人間」の醜さ。けれど物語の登場人物達の言動は、現実にあり得るのだ。
著者湊かなえさんの出身地が隣市だからか、発売すぐぐらいに予約入れたのに、M市図書館で30人以上待ち(M市図書館では異例の数字だと思う)でしたよ。
書店に行けば、POPが目に入り、あちこちの書評やTVなどでも紹介され。いやが上にも期待は高まり、やっと回ってきた順番で手に入れた時は、いつになく興奮しました。
そして、2日間で一気読み。なんかこう、胸の中に渦巻くどす黒い読後感が、とにかく凄い。
なんて・・・醜い。6章それぞれの語り手達の思考の原点にある自己正当化が、あまりにも、醜い。
それぞれの語り手は、一人称で他者に語りかけているようで、実は全くの独白。事件の中での己の優位性を、ただひたすらに主張する。
だが、こんな発想をすることは自分にはない、と言えるか?・・・私には、言いきれない。もちろんこの物語のように、過激な方向へ向かうことはないだろうけど、言い訳や詭弁による自己正当化は、自分もしている。
いつか、自分の箍が外れるようなことがあった時、こんなことをやらないとも限らない。そんな怖ろしさがあった。
この物語の根底にあるのは、肥大化する被害者意識。各章の語り手は、割と冷ややかに周りを見ているのだけど、自分を「大いなる被害者」だと憐れんでいる。その自分への憐れみが自己正当化へ走り、悪意の連鎖を生む。そしてその結果、新たな惨事が引き起こされる。
女性教師が犯人とほのめかした中学生2人はもちろん発想が子供すぎるのだが、大人たちだって理性ある対応をしているとは言い難い。それぞれ皆、病んでいる。そしてその病んでいる部分が、更なる悲劇を生み、悲惨なラストを迎える。
あらすじ、書けない・・・。
ネタばれとか、そういう次元でなく、書くことが怖ろしい。
悪意が悪意を呼び、狙ったわけではなくても己の言動が「人間」の悪魔的な部分を拡大し、まき散らしてゆく、そんな毒性があると感じたのだ。そしてもちろん、意図してその悪意を振り撒く者もいて。
・・・正直、これがデビュー作とは思えません。
様々な伏線、各章の語り手の心情や行動理由が全く違う事、そして、あまりにも衝撃的なラスト。
構成も良ければ、文章も分かりやすく、尚かつ各章きちんと書き分けが出来ていること。
とんでもない作家さんに出会ってしまった、という気がしますね。
「聖職者」
「自分の娘が死んだのは事故ではなく、このクラスの生徒に殺された」と語り始める女性教師。
「殉教者」
女性教師が去った後、クラスに巻き起こったいじめについて語る、クラス委員長。
「慈愛者」
犯人である生徒の姉が、弟に殺された母の日記を読む。
「求道者」
幼児を殺し、母を殺した少年が、精神喪失して語る、事件の真相。
「信奉者」
もう一人の犯人が語る、犯行の本当の理由ともう一つの犯行と更なる犯行の予告。
「伝道者」
女性教師が再び現れ、「信奉者」に裁きを下す。
中学生の過剰な自意識が引き起こした事件。
真実を知り、それを司法の手に委ねず、自ら最も効果的な方法で復讐を画策する女性教師。彼女のやったことは、あまりにも重い。全く、肯定できない。
・・・だが、物語の登場人物達は、現実にいそうなのだ。
ちょっとした悪意。ちょっとした自己顕示欲。己の心の弱さ。
ふとしたはずみで、きっかけが起動したら、そして偶然と必然が重なって行ったら、この物語は現実化する。
そんな、怖い後味の物語でした。
(2009.01.26 読了)
この記事へのコメント
じゅずじ
答えは出してないけど、学校における問題を全部あぶりだしているように思えました。
エビノート
本当の被害者って死んだ愛美だけだと思うんですけど、誰もが被害者意識を持っているところに嫌気が。でも、こういう気持ち自分の中にもあるよなぁ~と、自己嫌悪も感じちゃいました。
水無月・R
少年法の是非を論じるには、私の知識が足りないのですが、それでもここまで自意識が高い少年たちに「責任を問える年齢ではない」と断ずるのはどうなのだろう・・・という思いがありますね。
現実に、こんな子供達、こんな教師達、こんな親達は、いると思うのです。そして、こんな事件の起こりそうな、背景も。それが起動せず、平和に過ごせることを願ってやみませんね。
>エビノートさん。
現代社会って、「被害者意識」がやたら大きくなってるような気がしませんか?
自分だけがかわいそうと思う人間による犯罪が多々起きていて、そういう歪んだ醜い面がクローズアップされてて、すごい作品でしたね。
藍色
リアルで衝撃的な作品でしたね。
醜い悪意が止まらなくて、読みながら何度も嫌悪しました。
とりあえず、一度忘れるように努めました。
水無月・R
この悪意は、創作だけど現実感がありすぎて、重苦しい気持ちになりました。
デビュー作がこれ。すごい作家さんですよね。
たかこ
藍色さん、エビノートさんのところから参りました。
またTBもさせていただきました m(_ _)m
湊かなえさん、本当にすごい作家ですよね。とても新人とは思えない作品でした。
話自体は後味悪くて、怖くて…といった感じですが、読み応えがあって、本当に凄いと思いました。
2作目が期待できますね♪
これからもどうぞよろしくお願い致します。
水無月・R
TB&コメント、ありがとうございます。
とにかく、凄かったですね。
齟齬なく畳み掛けるように押し寄せる、何とも陰惨な展開。
そして、現実にもありそうな、意思疎通の不全という、リアリティ。
『告白』の田舎度に似た町に住んでいる身としては、現実感がありすぎて、本当に怖かったです。
こちらこそ、ぜひよろしくお願いします(^^)。
すずな
救いようのないラストも衝撃的でした。
水無月・R
本当に、空恐ろしい物語でした。
どこかに、こんな現実が存在するのでは?!と感じて、つい身の回りを確かめたくなりました。
あのラストは、悲惨過ぎるのですが、物語の展開上全く無理がないというのが、本当に、怖ろしかったですね・・・。
june
これだけ読ませるのも、ここまで救いがなくて後味が悪いのも・・。
自分を正当化したり、被害者意識が肥大していってしまったりって、誰でもあることだからよけい怖かったです。
水無月・R
何とも、暗澹たる気持ちになる物語でした。
だけど読まずにはいられない、とても強い引力に引っ張られ、読んでしまいました。
読んだ当時、湊さんの出身市の隣の市にいたので、田舎度も似てたんじゃないかと思うんですよね。
このM市でも、何かがカチッとはまったら、こんなことが起きるんじゃないか、そういうリアリティがありました。本当に怖かったです。
苗坊
噂どおりと言いますか、これがデビュー作とは思えないですね。文章力もストーリーも素晴らしいです。
読む手が止まりませんでした。
結局は先生の掌の上で転がされていたのかと思うのですが、本当に、みんな被害者意識が酷すぎますね。
そして人を甘く見すぎていると思います。でも、本当に、こういう人っていそうですよね。っていうかたくさんいますよね。読み終えてから怖くなりました。
水無月・R
いやぁ、今思い出すだに凄いですよ、このインパクトは・・・。
湊さんの描く、悪意の悪循環は、本当に恐ろしいです。