痛い痛い痛いぃ~・・・。
すみません、多分小川洋子さんは、痛くない描写をしたと思うんですが、水無月・Rは小心者でして、痛いのは苦手なのですよ・・・。主人公・私の薬指の先端を失ったそのいきさつのシーンが、現実味が薄かったのに、なんか自分の身に置き換えてしまって、痛くて痛くて・・・。サイダーを桃色に染めて落ちてゆく肉片・・・キャー、勘弁してください!
あ・・・いや、『薬指の標本』は、そんなグロい物語では決してありません。どちらかというと、現実と少しずれている、美しくファンタジックな物語です。
そこのところは、お間違えのないように・・・。
表題「薬指の標本」。
清涼飲料水の工場に務めていた主人公の女性・私は、勤務中の事故で薬指の先端を失い、それがきっかけで仕事を続けられなくなって、次に見つけたのは「標本室」の受付係であった。様々なものを標本にしたいと訪れる依頼人。雇い主にして、標本師の、彼・弟子丸氏。かつて女子アパートであったその建物の各部屋に、標本を保管するキャビネットがあり、また標本師と私がデートを続ける元浴室があり、未だ居住する老婦人たちの部屋がある。
火事で家族を失った少女が持ち込んだ火事跡のキノコ、亡き恋人の作曲した楽譜の音楽、長く共に生きてきた文鳥の骨、様々なものが持ち込まれ、弟子丸氏の手によって標本化される。依頼人たちは、標本化され保管されると、あまり標本そのものに執着しない。
ある日、私を浴室に誘いだした弟子丸氏は黒い靴を彼女に贈る。いつでも履いていて欲しいと言って。靴磨きの老人がその靴を見て「靴が侵し始めている」という。
靴に本体を侵されつつも、履き続ける私。ある日、頬の火傷跡を標本にしてほしいという少女が標本作業室に入ったまま姿を消し、私は狂おしい思いをする。
その結果、彼女は、自分の薬指を標本にしてほしいと、弟子丸氏の作業室を訪れる・・・。
彼女は、どうなってしまったのだろうか。弟子丸氏の手によって、標本にされてしまったのか。欠けた薬指こそが、彼女のアイデンティティだったのだろうか。
女子アパートの住人である老婦人が、「受付係は、みんないつの間にかいなくなる」という。姿を消した受付係達は、弟子丸氏に標本化されてしまったのだろうか。
この物語における「標本」とは、なんだろうか。私には「忘れてしまいたいけれど、大事にどこかに存在していて欲しい思い出」のような気がする。
私だったら、何を標本にしてもらうだろう。というより、「標本にしたい」と思うほど、忘れてしまいたいけど大事にしたい思い出があるのか、が不安をそそった。思いつめるのは怖いので、追及しないでおく。
もう1つの「六角形の小部屋」でも、どこか現実から浮遊してゆく感のある物語で、美しかった。私だったら、かの「語り小部屋」で、何を語るだろうか。こちらも、語るべき内容のある物語を自分が持っているか、不安になった。
どうも今回、小川さんに不安感を煽られた気がする。私の現実が、どこまで確固としたもので、どれだけ深みがあるものなのか・・・?という、自分の出来のいい加減さを突かれて、膨らむ不安。
それが、揺らぎになって、物語と一緒にどこかへ漂流していくかのように、感じられました。
(2009.06.23 読了)
この記事へのコメント
たかこ
なんか不思議な感覚のお話でしたよね~。
私も深みにはまるというか、底がわからないというか、漂っている感じがしました。
確かに、痛い描写でしたね(^^ゞ
雪芽
自分の身体に置き換えて想像するのは…、や、やめておきましょう、汗
想像したくないと思いつつうっとりしてしまいました。小川さんの作品を読むと時々現実から遊離してしまって、ふわ心地になって不安になるときがあるんですよね。
なにかにしっかり掴っていないとどこへ流れていくのやら。
水無月・R
標本室の受付係になった時点で、彼女のアイデンティティは失われた薬指の先端にあったのではないかな~と思いました。
だから、薬指を標本にしてもらったら、どうなっちゃうの~!という密かな不安が押し寄せて・・・怖いというか痛いというか、です。
水無月・R
痛いですよね、やっぱり(笑)。
私も小川さんの作品で、ついつい自分を見失うことが・・・。
幻想的で美しい物語の中で、ふと自分の立ち位置を見失う・・・小川さんの妙手にかかると、私如きはファンタジーの中から抜け出せなくなるのではないかと、とても不安になりました・・・(^_^;)。