『追想五断章』/米澤穂信 ◎

父の死により学費が捻出できなくなり休学、古書店を営む叔父の家で仕事を手伝いながら漫然と同居していた菅生芳光はある日、「亡父の遺稿を探して欲しい」という依頼を受ける。依頼人・北里可南子の父は、生前に結末を伏せた〈リドル・ストーリー〉というスタイルの小説を5編書いていたという。
『儚い羊たちの祝宴』で、最後の最後で愕然とするほど覆される物語に度肝を抜かれた米澤穂信さんの、何重にも仕掛けられた物語構成、堪能いたしました。
いやでも・・・読後感はちょっとブラックだよなぁ、『追想五断章』

芳光が北里可南子の父・北里参吾、筆名〈叶黒白(かのうこくびゃく)〉の作品を探し出す物語、叶黒白が描いた5つの短編、そして北里参吾が22年前に関係した「アントワープの銃声事件」。3種類の物語を楽しみつつ、それぞれが意味ありげに絡み合い、真実あるいは真実に思える物を提示しつつ、虚偽を孕んで進んで1つの物語として終わる、その構成が素晴らしかったですねぇ。

「アントワープの銃声事件」で、何が起こったのか。
何故、北里参吾はそれに対する答えを、叶黒白という筆名でリドル・ストーリーとして描き、ばらばらな場でひっそりと発表して行ったのか。
北里参吾が残したリドル・ストーリーの最後の1行は、本当に裏に書かれた作品タイトルのものなのか。
冒頭に掲げられた、北里可南子の作文の意味は。
芳光の、実生活への忸怩たる思いは。
様々な問題が投げかけられ、物語の中で解明されたり、読者に想像を促し時には足元を掬ったりする。

リドル・ストーリーの最後の1行が、裏に書かれたタイトルと違うものでも噛み合うのではないか?という点は、3つ目の作品が見つかった時に思いました。が・・・それが「アントワープの銃声事件」への回答で、事実を秘かに告発するものになるというのは、思い至れませんでしたが。
ああでも、告発というのは不穏当ですね。北里参吾は、娘の可南子には読み誤って欲しかったのだ、と思う。それを芳光が暴いてしまった。けれど多分、可南子はどこかで分かっていたのかもしれない。記憶は消えていたとしても、冒頭の作文のように夢で見ていたのだから。
娘には読み誤って欲しかったが、だがどうしても事実を描かずにはいられなかった、という苦渋の決断による〈リドル・ストーリー〉という形の小説。
芳光と可南子が辿り着いた真実は、なかなかに重かったです。

かつて海外で殺人の参考人として聴取され、日本に帰ればマスコミにあることないことを書きたてられ、追い詰められたように地方に逼塞した北里参吾。数ある心ない報道の中でも、ひときわ醜聞を煽った「アントワープの銃声」という記事。その記事の提示する5つの疑問。
参吾は、それに対する答えとして、結末を隠した物語を生みだした。

それぞれの短編も、幻想的というか現実味が少し薄い感じで、不思議な読み心地でしたね。
特に最後に見つかった「雪の花」の、夫婦の捻じれた互いへの想いとプライドなどの感情、そして悲惨でいながらある意味幸福な死、印象的なラストの一行、美しくも狂おしく、とてもよかったと思います。

あう~、何だか全然まとまってないですね。
ただ、凄かった、と思うのです。いくつもの重なりあう物語、一つ一つが指し示すもの、そして全体として一つの事件の答えになること、それを探すも芳光という青年の閉塞感。
そう、芳光はあの後どうなったんでしょうね。本人は可南子との最後の会見の際、田舎へ帰ると言ってたし、可南子の手紙も「菅生古書店にはいないときいた」、とあったけれど「いない」というだけで、実家に帰ったとは限らない・・・んじゃないかなぁと。
田舎に帰る、と言ってたのは「5つ目を探すのは断る」と可南子に別れを告げた時で、でも芳光はそのあとまた可南子のところへ戻り、「仕事を終わらせる」、と最後の秘密を明らかにしてしまった。つまり、多分心境はかなり変わっていたはずだと思うのだ。
芳光は、あの後、どうしたのだろう。
私的には、この部分もこの物語の〈リドル・ストーリー〉でした。


(2010.07.05 読了)

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この記事へのコメント

  • 苗坊

    こんばんわ^^
    TBとカキコありがとうございました。
    この作品は、とにかく凄い。ですよね。
    上手くかけないですが、一つの作品を読んでいるとは思えませんでした。
    たくさんの作品を読んでいるのにさらにカラクリがあるっていう、凄い作品棚と思いました。
    最後、芳光はどうなったんでしょうね。
    可南子は前向きに生きていける気がするのですが・・・
    2010年07月08日 00:02
  • 空蝉

    こんにちは。トラバありがとうございました。
    私のレビューはなんだか堅苦しくて内容も自分よがりになってしまってて;;
    水無月・Rさんのレビュー、いつ観ても解りやすくてありがたいです。
    芳光がその後どうしたのか?
    いや、何もしなかったのか?
    その答えは読者の数だけあるんですね。きっと。
    2010年07月08日 18:19
  • 水無月・R

    苗坊さん、ありがとうございます(^^)。
    そうなんですよねぇ…可南子は多分、前向きに生きていけると思うんですけど、芳光ですよね。
    暴くべきじゃなかった・・と後悔しながらどっかに失踪しちゃってたらいやだなぁ、と思うんですよね。いや、何かすごくぴったりにブラックなオチなので、一番可能性が高い気がするんですけど。
    リドル・ストーリーの最後の1行を色々妄想してしまいました。
    2010年07月08日 23:23
  • 水無月・R

    空蝉さん、ありがとうございます(^^)。
    いえいえ、自分が気になることばっかり書き立てていて、あまり参考にならいんじゃないかと(笑)。
    芳光のその後は、読者それぞれが想像を巡らすのかもしれませんねぇ。
    私なりに、いくつか最後の一行を考えたんですが・・・。
    どれもかなり暗~いオチになってしまって、我ながらうへぇ~という感じです(^_^;)。
    2010年07月08日 23:27
  • june

    すごい構成の作品ですよね。私もリドルストーリーのオチは入れ替えても・・というところまでは思ったのですが、まさかそこにこんな意味が隠されていようとは想像もしませんでした。
    そういう意味ではおもしろかったですが、暗くて辛い話でしたね・・。可南子は前向きに生きていけそうですけど、芳光の未来がうまく想像できなくて・・。
    2010年07月12日 20:50
  • 水無月・R

    juneさん、ありがとうございます(^^)。
    物語の構成は凄い!の一言でしたが、読後感は暗~いものでしたねぇ(^_^;)。
    でもだからこそ、読んでいて深みがあるというか、惹きこまれました。
    米澤さんのブラック系は、後味は悪いけど色々と気になりますね。
    2010年07月12日 22:44

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