あの【バチスタ・スキャンダル】から約3年・・・。
東城大学のある桜宮市ではなく東京の片隅で、クール・ウィッチ(冷徹な魔女)魔女と呼ばれた曽根崎理恵が産科医療に一石を投じた、『ジーン・ワルツ』の別の側面の物語である。
何を考えているのかよくわからなかった代理母・山咲さんの、代理母を引き受けてから出産を終えるまでの心情及び遭遇する出来事が、丹念に描かれていく。
とりあえず、『ジーン・ワルツ』と物語の大筋は同じなんですが、コレがまた全然違うんですね。同じ物事でも、主観者が違えば、取り上げて公開する事実が違えば、物語の終着の形は同じでも、全く違う印象を受けるという、よい例になるんじゃないでしょうか。
平凡な専業主婦である中年女性が、娘のために代理母となることを承諾する。ところが、娘が「産科医療の改革」のために、と自分が育んでいる胎児たちを利用しようとしていることに気づく。何とかそれを阻止しようと、切り札を一番効果的な場面で繰り出す。自分のお腹の中の胎児たちのためだからこそ、必死に考え行動した。母は強し、というやつです。例え胎児たちは「預かりもの」であっても、自分の胎内にあるうちは、自分の保護下にあり、最大限より良い道を用意してやらねば、という気迫が伝わって来ました。
逆に、本当に理恵は合理的な「医療者」だなぁ・・・と思いますね。弱き存在である子供を守らねばならない「親」としては、かなり危険な存在。
何とか、双子を代理母出産を世間に認めさせるための手段にしない、という確約が得られたことに、私自身がほっとしたものである。
確かに、そうすれば大きな反響は得られるだろうけど、子供たちはきっと好奇の目にさらされてしまう。子供たち自身には、全く非はないというのに。それは、あまりにも無謀な計画と言わざるを得ない。
穏やかな性格のみどりが、冷静で戦略的に動く理恵に対し、情と理の両面から説得と工作をして行く姿は、意外にも力強い。
そうと思えば、若い妊婦のユミとも仲良くなっていく、ほほえましい面もある。非常にナチュラルで、情に立った動きをするみどりは、頭の回転の並外れて速い人間が、丁々発止のやりとりをしつつ、更に裏でいろんな策を張り巡らせる、海堂作品の典型からかなり離れている。とても親しみやすかった。
医療者ではなく、一般の患者の目線(まあ娘が主治医という意味では関係者と言えなくもないけど)で描かれたこの物語、とてもよかったです。『ジーン・ワルツ』ではばっさりと切り落とされていた情緒面がきちんと語られてていて、安心しました。あの時、代理母の山咲さんは、こんなことを考えていたんだ・・・。『ジーン・ワルツ』の時は結構、「この人何を考えてるんだろ・・?」って不審に思うシーンもあったので。
二つの家庭に分かれた、「しのぶ」と「かおる」。薫くんの方は、『医学のたまご』で<チーム・曽根崎>を率いて(?!)活躍したので、今度は「しのぶ」の方かしら。こちらはセント・マリアクリニックの物語と絡むのかな~。
是非、しのぶの成長も知りたいし、セント・マリアクリニックがどのような発展をするのか、そこへ厚生労働省は絡んでくるのか、理恵や清川の理想とする医療実現のための戦いの変遷も知りたい。
海堂さんの描く世界の中で、医療がこれからどう変わっていくのか、現実の私たちの世界のでの医療はどうなるのか。是非知りたいと思う。・・・なので、海堂さん、よろしくお願いしますね!
あ、そうそう。『医学のたまご』で、薫くんのパパが、メールの最後に必ず「食事のメニュー」を入れていたのって、みどりからの「手紙のいろどりに食べもの話を書いてはどうか」って言うアドバイスを間違った解釈(笑)して、ずっとそのままなんですね~。アレはあれで、親子の間にいい雰囲気を出してたと思いますが。
世界的に有名な学者が、食事のメニューの羅列・・・ある意味微笑ましいですよね。
(2010.11.06 読了)
この記事へのコメント
じゅずじ
技術発展は必要だけど、どうなんでしょうねぇ。このテーマになると、ちょっとじれったくなります(^^ゞ
「しのぶ」と「パパ」も読んでみたいですね!
水無月・R
やっぱり、理恵のやったことは、許されないんだと思うんですよね。
ただ、生まれてきた子どもたちには何の罪もないのですから、幸せにすくすくと育ってほしい、と思います。
すずな
「薫くんのパパメール」については全く思い浮かびませんでした!水無月・Rさんのレビューを読んでちょっとにんまりしちゃいました~(笑)
水無月・R
山咲さんの心境がちゃんと描かれていて、『ジーン・ワルツ』で物足りなかった部分をちゃんと補ってもらえたのが良かったです。
かおる君のパパのメールの件に気付いた時は、ニヤリ♪でした。みどりさんのアドバイスがすんごい曲解されている、って(笑)。
june
海堂さんが何度も書いたAIもよく知られるようになったので、こういう問題もぜひもっと取り上げられるといいなって思います。
水無月・R
そうなんですよね~。確かに「患者のために医療を受けやすくしてあげたい」という思いなんだろうけど、極端なんですよねぇ。
この作品を読んで、なぜ山咲さんが理恵の申し出を受けたのか、何を考えて妊娠の過程を過ごしていったのか、そのあたりが分かって、安心しました。