ふと気が付くと、今ここと違う世界にいるのかもしれないという、ひたひたと忍び寄る怖さと共存する、郷愁。
物悲しさを孕んだ和製ホラーといえば、恒川光太郎さんである。
前作『南の子供が夜いくところ』では、舞台が南の島ということでイメージが違ってしまい、ちょっと残念な思いをしてたのですが、本作『竜が最後に帰る場所』は、しっかり恒川ワールドでしたねぇ!堪能いたしました!
「風を放つ」
ひょんなことから知り合った女は「精霊を使って人を殺せる」というが。
「迷走のオルネラ」
DV男に母を殺された少年は、成長したのち、とある計画を実行する。
「夜行の冬」
冬の夜中、錫杖を鳴らす音に誘われ、町を歩き続ける集団。目覚めると世界は。
「鸚鵡幻想曲」
偽装集合体を解放する男・アサノ。彼に解放された鸚鵡は、意外な行動に出る。
「ゴロンド」
池の中で生まれ、弱肉強食を生き抜いたゴロンドは、コロニーに辿り着く。
翼が生えた彼は飛び立ち、数世代を超えて目指すべき〈竜が最後に帰る場所〉へと向かう。
最初の「風を放つ」では、しつこく電話をかけてくる女にイラッとして、でもそれに仕返しする主人公にもあまりいい感情を持てなくて、しかも主人公があっさり「忘れる」というのが、どうにも納得がいかなかった。
だけど、「迷走のオルネラ」で、物語は幻想色を帯び始める。母を殺した男が出所した。その男を拉致し、洗脳する。過去の男のような、子供に暴力をふるう男を始末する人間に。それは、被害者の復讐なのか。加害者の贖罪なのか。
そして「夜行の冬」で、ああ・・・恒川さんの世界だなぁ!やっぱりこういうのがいい!と強く思いましたね~。錫杖の音に誘われ、同じ町の様々な並行世界を渡り歩く集団。時々人員は入れ替わり、春になればその巡り歩きも終わる。次々と新しい人生に出会い、別れていく彼らが求めるのは、目新しさなのか、より良い生活なのか。失った並行世界には、もう戻れない。そして、夜行で知り合った女を見殺しにしようとして、逆に引き込まれそうになった主人公は、無我夢中で彼女の頭を撲打して逃げ、そして・・・その記憶すらも他人のもののようになって、その年の夜行を終える。
「鸚鵡幻想曲」では、主人公はヒト型に集合していた鸚鵡である。但し、様々な経験を経てその鸚鵡はまた人型に戻る。なんとなくハッピーエンドなのかな?こういう発想が出てくる恒川さんって、すごいなぁと思う。何かおかしいと感じるものを撫で回すと、その中の切り替えスイッチを見つけてしまい、それを作動させると、その物は沢山の小さなものにバラけてしまう。全く違うものに。
でも、何故かありそうな気がするから、怖い(笑)。
今私がこの文章を打ってるパソコンが、虫か何かの集合体だったら、すっごく嫌だ(^_^;)。
「ゴロンド」は、小さな生物が弱肉強食の世界を生き抜き、同種のコロニーに辿り着く、というところまではありがちな物語。そのコロニーでは母なるリーダーが存在し、ある日成長した子供達に「私たちの祖先の地へ向かうように」という。そこから、子供達は長い年月と世代を経て〈竜が最後に帰る場所〉を目指す。ゴロンドが途中で出会う〈毛なし猿〉は、私たち人間だろう。未開の南の島を襲う別の人種。そんな時代に生きたゴロンド。彼が目指す場所は、毛なし猿は最初から最後までいない。そして、長い年月をかけて、竜たちは帰るべき場所へ戻り、何百年も、千年もが過ぎ、更に時が流れた。もう、人間の生息領域に、竜はいない。
5つの短編は、全く違う物語だけれど、この順番で並ぶからこそ、素晴らしい。
だんだんに、現実世界から足は離れ、あちら側とこちら側を行き来しているうちに、見知った現実世界とは違う場所に立っていた。そんなイメージがわき起こる。そして、竜の物語が終わった時には、人間の世界ではない、どこか違った次元にある〈竜が最後に帰る場所〉に辿り着く。もちろん、本当に人間がそこに辿り着くことは出来ないのだけれど、ゴロンドやその子孫がきっとその地に辿り着き、竜たちの平穏で美しい世界を生きていくのだろう、ということは確信できるのだ。
いやぁ、久しぶりに、恒川ワールドに浸りましたねぇ。まあ、「ゴロンド」は和製ホラーではなかったですが。やっぱりこういう物語の方が好きですね、恒川作品は。願わくば、どっしりたっぷり浸れる、重厚で仄暗い長編がもっといいですが。振り向けばそこにわだかまる、異界への入り口・・・みたいな、ね。
ちなみに、私は多分「夜行の冬」の錫杖の音が聞こえないタイプの人間だと思います。なんとなくですけどね。だけど、もし聞こえてしまって、ついつい夜行に参加してしまったとしても、夜行のシステムが分かったら、「今読んでる本」の続きが読みたくて、同じ世界にとどまってしまうだろうなぁ(笑)。
(2011.07.25 読了)
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☆おすすめです!☆
この記事へのコメント
すずな
水無月・Rさんも書いてらっしゃいますが、特に「夜行の冬」は恒川ワールド!って感じでしたね。この短編を読みながら「これよ、これっ!」とテンション上がりました。
そして、水無月・Rさんのレビューの「鸚鵡幻想曲」のくだりで思わず握っていたマウスから慌てて手を離してしまいました(笑)これが無視だったら…ひえーーーっ;;;
すずな
「無視」ではなくて「虫」ですねー^^;
水無月・R
「夜行の夜」は、テンションあがりますよねぇ!
夜行のガイドさんについて歩き、毎回違う異界に入り込む・・・恒川さんらしくて、とても素晴らしかったです。
そして「鸚鵡幻想曲」の集合体と開放の説明のくだりで、色々と怖くなりました(笑)。コレがアレだったらどうしよう・・・みたいな(^_^;)。
ああ本当の話だったらどうしましょう(笑)。
ERI
水無月・R
そうなんですよねぇ。
あんまり日本人のDNAに沁みついてるとか、簡単に言っちゃいけないかなぁ・・・と思いつつ、でもどこかで感応するんですよね。
私も、いつか経験したような・・・してるわけないけど・・・という気持ちになりました。恒川さんの物語って、そういう力がありますね!
でもやっぱり集合体は・・・イヤかな(笑)。
空蝉
あちらに引っ張られたい気分ですから~!(怖)
恒川さんとしては少しずつ繋がっている?こういう短編は始めてですよね。なんとも不思議な物語でしたが、私はこれはこれで好きです♪
ただやはり、どうしても処女作に思い入れがあるからでしょうか、最初の頃の方が…と思ってしまう罰当たりな私です;;
水無月・R
うわあ、だめですよぅ!アチラの世界に行っちゃったら、空蝉さんの書評を読む(そして自分のとのあまりの違いにちょっと萎れる)という、私の楽しみがなくなっちゃうじゃないですか!
ホントに、駄目ですよ!(^^)!
確かに、『夜市』はホントに素晴らしかった!
あの幻想的な雰囲気、そして美しい日本語、郷愁と寂しさ・・・そんな世界を、また読みたいですね。
yori
古い記事に失礼いたします 笑
良かったです。
どれもこれも想像力の塊ですね。
恒川さんの頭の中というか、
心の中はどうなっているのか、
覗きたくもなりますね。
さて、次は何を読もうかな (^^♪
水無月・R
こんな古い記事にコメント、ありがとうございます!
恒川さんの描く様々な世界に漂う郷愁が、どれも素晴らしかったですね。久し振りに自分の書いたことを読み直して、恒川さんの作品の奥深さを思い出して、なんだか心豊かな気持ちになりました。
私も恒川作品を読み切れていないので、まだまだ楽しみが広がるなぁと思っています!