作者森谷明子さんが、あとがきで「源氏物語メイキング」を銘打っているこのシリーズ、3冊目になりました。「源氏物語」作者である紫式部こと・香子が「源氏物語」を書くにあたっての、様々な出来事と源氏物語の進みゆくさま、そして周りの人々の姿や思いが、イキイキと描かれていて、とても素敵です。
タイトル『望月のあと ~覚書源氏物語『若菜』~』とあるように、「若菜上・下」での源氏の君の移り変わりゆく姿、そして「玉葛十帖」を中心に、香子がその時々に起こった事件を織り交ぜたり現実をリードしたりしながら、当時の大ベストセラーである「源氏物語」を描いていくさまが、丁寧に描写されていきます。
以前より書いているのですが、私〈アンチ源氏の君〉なのでございますよ。
まあね、美しく生まれもよく頭もいい貴公子なんだけど、どうも気に喰わないんですよねぇ。
女にだらしがなく、何かっちゃめそめそ泣いて、自業自得でも「運が悪かった」だの「めぐりあわせが云々」だのとぐずぐず言い、女君達のことよりも自分を憐れんでるかと思えば、目下の者に対しては居丈高な面もあり。
なので、今作で「若菜上・下」が香子の思うがままに「源氏の君の上り詰めるさま、そしてそれが少しずつ崩れゆくさま」が描かれているので、とても胸がすく思いがいたしますよ。
自らを源氏の君になぞらえる道長は、「若菜」(実は渡されたのは上のみ)を読んで気分良くふんぞり返っていたら、いろいろあったのち「若菜」の下巻をやと手に入れる。が、読み切れないうちにまた忙しくなってしまう。
後々このことに気づいた道長が、どれだけ地団駄を踏むことか。かといって、香子を呼びつけて書き直させるわけにもいくまい。何故なら、もう、物語は流布してしまっているのだから。
この辺り、本当に香子のやり方はうまい。
また、玉葛十帖の源氏の君と玉葛の物語で、姪である瑠璃姫をどうにかしようとしていた道長をうまく翻弄したのには、まさに策士、である。
瑠璃姫の下に阿手木を侍女として入れ横槍を入れさせ、物語でのやり取りをなぞらえさせたり、瑠璃姫と道長のことを世の噂にさせたり。「物語の力」、この娯楽少ない時代での物語の影響力を最大限に生かしての計画、お見事。
道長は次第に権力を手に入れ、『望月の欠けたることのなしと思へば』などと歌い、頂点へと上り詰めるが、ままならぬこともある。また娘たちも、父が自分たちを「帝の妃」へつけるための人材としか見ていないことに気づき始めている。いつか手痛いしっぺ返しを食らうことだろう。
大体、ホント偉そうなんですよこの人。香子たちに対して「紙も墨も思いきり使えるのは自分のおかげ」とか「お前たち女は、ただ物語でも読んでればいいんだからいい気なものだ」とか、思ってるだけじゃなく口に出しちゃうんだから。何様のつもりぞ!?って思いますね~。
臣下の身にありながら、帝を譲位させたり、東宮を遜位(帝にならぬまま東宮位を譲ること)させたり、やりたい放題。ああ、なんていやなやつ。
是非に続巻で、痛い目にあっていただきたいですね。
なんだかうまくまとまらないなぁ・・・。
香子の仕える皇后・彰子、亡き中宮定子の一の宮と修子内親王、修子内親王に仕える糸丸、一宮に仕える阿手木の夫・義清とその部下の小仲。道長の姪の瑠璃姫、瑠璃姫の逃亡を助けた元子女御や泉式部。様々な人々が、それぞれの思いを抱いて、一生懸命生きていく平安という時代。
だが、貴族は搾取し、庶民は虐げられ、また地方の人々はさらに中央からひどい扱いを受ける。
糸丸が知り合った秋津という少年は、そんな庶民の中でも苦しい毎日を送っている子供である。
香子の娘・賢子の成長を見届け、もっと世の中を見たいと義清とともに大宰府へ赴く阿手木。
そこで再会した瑠璃が連れていたのは、可愛がっていた糸丸の友達。
きっとこののち、そちらの物語も描かれるんじゃないかと期待してしまいますね。
さて。続きの物語もきっとあるのでしょう。森谷さんご本人も、宇治十帖まで書く計画のようですし。きっと、素晴らしい隠し玉をお持ちなんじゃないでしょうか。結構あちこちで伏線になるような出来事や人物が出てきてますからね~♪
楽しみに、ゆっくりと待つことにします。
あ、そうだ。
私がこのシリーズで大好き?な実資オジサマが、道長も一目置く堅物として登場しています。
道長の「望月の~」の歌を唱和しようとか言い出して、あわてさせる役目も持ちました。
できれば、『千年の黙~異本源氏物語~』の時のように、ブツブツ言ってほしいんだけどなぁ。是非続巻では、その辺も期待したいですね(笑)。
(2012.08.06 読了)
源氏物語メイキングシリーズ♪
この記事へのコメント
すずな
シリーズ物と知らずにこの3巻を手に取ってしまったんですが、とーーっても楽しめました!紫式部がどうやって源氏物語を紡いでいったのか…。きっとこんな風だったんだろうなぁとスンナリと受け入れられたのは、森谷さんの見事な腕前?のお陰なんでしょうね。
続編もですが、私はまずは前2編を読まなくちゃ!
水無月・R
『千年の黙』『白の祝宴』ともに、あの時代における〈物語を紡ぐこと〉への矜持を描いて、とても素晴らしい作品でした!
あの時代、女性は屋敷の奥にこもっていた言うイメージがあるんですが、そんなこともなく生き生きと人生を歩んでいたんですね~。非常に現実的に感じられました。
続巻も楽しみです♪
香桑
実資オジサマ、史実として堅物だったようです。成り上がり貴族が増えすぎて正式に帝に上奏する作法がすたれたときに、一人、正式な作法で上奏することができる人だったので、政的には対立する人々さえ、聞こうとして内裏に詰めかけたという記録もあるそう。
機会がおありなら、繫田信一『かぐや姫の結婚』をあわせてお読みください。
水無月・R
実資オジサマが、堅物だけど有職故実に通じてるのは、ググって調べちゃいました♪
是非に、次作では「なっとらん・・・」とブツブツ言っててほしいです。実資オジサマファンクラブ第1号としては(笑)。