杉山百合江という一人の女の生涯を、丹念に冷静にたどりながら、その妹・里実、母・ハギ、娘・理恵、里実の娘・小夜子の人生も語る物語。
桜木紫乃さんを読みたいと思うきっかけになったのが、この『ラブレス』。
百合江の生き方にはあまり共感ができなかったのですが、なんとなく納得はできました。
波乱に満ち、諦めるというより、心のどこかに残しながらも大部分は忘れ捨てるその生涯を幸せだったと思うかは、個々によるのだろうと思いました。
貧しさしか存在しなかったような、北海道開拓村での日々。町に奉公に出たあと、巡り合った芸人一座。歌の舞台に立つことで生を実感するも、座長の病により一座が解散。仲間の一人と上京、しかし願い叶うことなく故郷へ戻る。現実的な妹と再会し、彼女の援助で釧路での生活が始まり、待望の女児を出産した直後、その父親である男に去られる。歌と洋裁で生計を立てる百合江に再婚話が舞い込むが・・・。
歌があったからこその、百合江の人生。
堅実に自分の足場を固めていった、里実の人生。
流され虐げられてもただ生きるだけだった、ハギの人生。
母に愛されながらも、違うように生きたいと反発する、理恵。
堅実に生きながらも道を外れそうな、小夜子。
5人の女はそれぞれ違った生涯を送っているけど、それぞれに違った〈忍耐〉の形がある気がしました。生きる上で〈忍耐〉は必要だけど、なんだかそれぞれ少し歪んでいるような。
でも、万人に正しい人生なんてあるわけもなく、きっと自分に必要な忍耐を自然にして、受け入れることで、自分らしい人生を歩んでいったんじゃないかなあと思いました。
師匠と慕った座長の死、娘までもうけた男の逃亡、再婚した夫の借金、第二子の出産、長女の失踪と夫の裏切り。
様々な別れを繰り返す百合江は、それでも後悔はなかったのだろうと思います。百合江は目の前にあるがままの人生を懸命に生きてきた。70代半ばで老衰で倒れるほどに。
だけどやっぱり、共感はできないですね。流されることに対して、私は怖れを感じるタイプの人間なので…。
里実の堅実さと頑固さも、あんまり共感はできない。あまりにも頑なで、自分に不幸を引き寄せてしまうタイプ。でも自分のことは自分できちんとケリをつけられるという点では、尊敬に値するかな。
まあ、ちょっと怖すぎる人だなぁとは思うし、憧れたりはしませんが。
ハギの人生に関しては、時代が違うせいもあるけど、憐れみと嫌悪を感じてしまいましたね。
悪い言い方だとはわかっててそれでも言いますが、〈貧すれば鈍す〉だな、と。
ハギの時代には、文盲であることも、酒乱の夫に殴られても耐えなければなならないことも、そこから逃げることができないから酒に走ってしまうことも、致し方ないことなのだとは、理解はできるんですが。
娘世代の理恵と小夜子。百合江が蓋をしてきた過去をたどる旅をする彼女たちも、もう若い娘ではなく、それぞれの現実に〈忍耐〉を強いられている。
ちょうど私と同世代なので、彼女たちの閉塞感には、とても共感しました。
まあ、私は彼女たちと違って、ずいぶんぬるま湯な人生を歩んでいますが・・・。なんか申し訳ないな(^^;)。
小夜子が妊娠してることを打ち明け「産んじゃえば」と理恵が言う。
実は、このシーンが一番好きです。まったく、私にはないものだからかもしれません。
子育てなんて一筋縄じゃ行かないんだからとか、色々現実的なアドバイスはできますが、たぶん彼女たちはそんなものは求めてなくて、現状を切り拓くための踏み出す勇気や思い切りが、このシーンにに込められている気がします。
それこそ、〈忍耐〉と同様に人生に必要な〈思い切り〉。生きていくうえで、選択したら戻れないから。
物語の一番最後に、百合江を見舞った一人の男。
・・・う~~ん、それってありなの?って思いました。今更…って思うのは、僻みですかねぇ。
でもきっと、後悔することなく生きてきた百合江は、その見舞いを受け入れたんだろうなと思います。たぶん、恨んですらいなかったんじゃないかな。
彼の訪問は、里実・理恵・小夜子にも衝撃を与えました。
~~それでも生きていく。~~(本文より引用)
この物語は、百合江を中心とした、5人の女たちの芯にあるこの言葉を、明らかな文章にするために描かれたのではないかと感じました。
だから、タイトルが、『ラブレス』。
~~溢れんばかりの愛と、愛になれなかったものたち~~(本文より引用)
・・・の、物語。
(2016.08.13 読了)
この記事へのコメント
苗坊
北海道出身ということで、舞台も住まわれている釧路が多いので何となく親近感を抱いていました。
それでも内容は暗くて目を背けたくなる時があるのですが、それでも読みやすくてあっという間に読んでしまった気がします。
女性の生きていく強さを感じられた作品だったと思います。
水無月・R
貧困、別離、苦悩…様々な困難な状況の中でも「生きていく」ことを自分の中にしっかりと据えた女たちの強さが、とても強く伝わってきました。自分が同じようにできるかというと難しいと思いますが、その思いの強さ心の強さは、うらやましいぐらいでした。
北海道出身ということで、私もちょっと注目です(北海道生まれ(笑))。
すずな
水無月・Rさんが書かれているように、それぞれの女性達に共感するということはあまり(というか、ほぼ)なかったのですが、彼女たちのそれでも生きていくという強さに心を打たれたお話でした。
蛇足ですが^_^;
↑コメントを読んで、「水無月・Rさんって北海道のお生まれだったんだーっ!」と驚きました。お生まれは高知なんだと思ってました~^_^;
水無月・R
あまりにも自分と、境遇も考え方も、人生(困難)に対する耐性も違う彼女たちには共感できませんでしたが、それでも「生きていく」ということの強さが刻まれる、素晴らしい物語でした。
北海道は、生まれて2歳ぐらいまでしかいませんでした(^^;)。父親&自分&夫の転勤で、あちこちに住んだことがあります(笑)。