ピアノ調律という、私が今まであまり知らなかった世界を描いた、『羊と鋼の森』。
じつは宮下奈都さん、初読みなんですよね…。なんだか素敵な作家さんにまた出会ってしまいました♪
高校生の時、学校の体育館のピアノを調律するためにやってきた調律師・板鳥さんの作業に偶然立ち会い、ピアノの音に夜の森を感じ、ピアノ調律師になることを決意した主人公・外村。
専門学校で学び、板鳥さんの勤める楽器店に就職し、調律師としての道を歩み始める。
彼は音楽の素養がないことや自分に調律師としての才能があるのかどうかを悩みながら、それでも真摯に一歩ずつ歩を進めていく。初めて調律に行った家のふたごのピアノの違い。何故か顧客からキャンセルされてしまうこと。先輩である柳さんの音楽、同じく先輩の秋野さんの過去と調律への思い。
悩みながら、もがきながら、自分に自信が持てずに、それでもより良い音を目指して、でもより良い音の定義がわからず迷いながら、まじめに真っ直ぐ調律を続ける。
弦楽器の調弦を自分でやったことがあるので、どういう作業か何となくはわかるような気がしてたんですが、ピアノは全然違いました。複雑で、繊細で、これはプロにゆだねなくてはならない作業ですね。
音叉の「ラ」の音の響き、大好きです。これが440ヘルツなのは知ってたのですが、昔は「ラ」音(G音)は420ヘルツだったんですね。時代によって好まれる音の軽さが違って、基準が変わっていくというのは知らなかったです。
ふたごの女子学生ピアニスト、「和音」「由仁」が見分けがつかないほど同じ顔立ちであるのに、同じピアノをひいても流れ出る音楽が違うこと、板鳥さんの調律とコンサートホールのピアノ、「音」や「音楽」というものが、自然に文章として描かれる物語、とても素晴らしかったです。
美しく、真摯で、優しく、力強く、繊細。私の形容では、あまりにありきたりすぎるのですが、作中に「板鳥さんが目指す調律を表現する言葉」として引用される、原民喜の
~~明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにしたたかな文体~~(本文より引用)
が、まさにすべてを表しているのかもしれません。
外村くんが、ひたすら「こつこつ、こつこつと」調律の腕を磨くべく努力を続けている姿、ふたごとのつつましくも伸びやかな、若者らしくお互いを高めあう様子、柳さんを始め周りの調律師の先輩たちが優しく厳しく見守ってくれること。
丁寧に生きていくことが、どれだけ素晴らしいことかを、改めて気づかされた気がします。
ささやかな日常を、大事業ではない日々の仕事を。つい、おろそかにして、適当にこなしていないか。もちろん、常に何でも気を張って生きていくことはできないけれど。何か一つでいい、好きなことでも大事にしたいことでもいいから、丁寧に生きていこうと、そう思いました。
物語の終わりに、また「森」がピアノを表現しイメージする言葉として優しく立ち上がってきました。
~~山で暮らして、森に育ててもらった~~(本文より引用)という外村くんが、
~~僕には何もなくても、美しいもの、音楽も、もともと世界に溶けている~~(本文より引用)と気づく。
木製であるピアノ。
鍵盤につながり、鋼の弦をたたく、羊毛フェルトのハンマー。
ピアノは『羊と鋼の森』であるということ。
静かで空気のきれいな森を、ゆっくり歩きまわって、気持ちよく疲れたような、そんな読後感。
素晴らしかったです。
感激とは別に。
外村くんの先輩、秋野さんが「耳がよすぎてピアニストになることをあきらめ」そこから「高いところから落ちそうになって一生懸命耐えようとするけど結局落ちてしまう夢」を見続け、やっとその夢から自分を解放するのに、4年かかったというエピソードがありました。あっさりと描かれていたけど、とても凄絶なものを感じました。
好きなことを続けるのも、諦めるのも、簡単なことではない、と感じました。
それでも、秋野さんには調律があり、色々と皮肉なことを言うし音楽に対しても辛辣だけれども、その分真摯に向きあってるのが強く伝わる、厳しいけれどいいエピソードだと思いました。
※最近、トラックバックが出来ないブログサイトが増えてきました(T_T)。
ブロガーさんにご許可頂いたレビューをご紹介します♪
☆おすすめです!☆
【活字の砂漠で溺れたい】 yoriさんの すべては森の中に
(2016.09.03 読了)
この記事へのコメント
苗坊
おお、宮下さん初読みでしたか!
最初がこの作品だなんて贅沢ですね←
宮下さんの書かれる作品はどれも温かくて優しくて、私も全部読んではいませんが大好きな作家さんです。
エッセイも素敵なのでぜひぜひ読んでみてください^^
この作品はその中でも1番好きな作品です。
好きなものを真っ直ぐに見つめて生きている外村君がかっこよくて羨ましくて眩しかったです。
私も一つ一つを丁寧に一生懸命生きていこうと思いました^^
水無月・R
そうなんです、気にはなっていたのですが、なかなか新しい作家さんまで手をのばせてなくて(^^;)。
でも、本当に読めてよかったし、少しずつでもほかの作品を読んでみたいと思います。
外村くんがひたむきにピアノに向き合うとき、きっと「森の音」が静かに響いているのだろうと思うと、とても羨ましかったです。
その域に到達するのは困難かもしれませんが、丁寧に生きることの大切さを知る読書となりました。
latifa
そうそう、先輩の秋野さんが、諦めるのに4年かかったエピソードも、とても染み入るお話でした。
才能ある者、無い人間、成功する者、諦める者、色々な人のお話が1冊の中に入っていて、良い作品でしたよね♪
水無月・R
様々な人たちが、自分と向き合って答えを出していく、その丁寧な生き方が、どれも素晴らしかったです。
外村くんは、これからもきっとこつこつやっていき、ピアノの美しい森を歩いていくのだろうなと思うと、とても心が温かくなりました。
すずな
私も宮下作品を初めて読んだ時に「素敵な作家さんに出会えたなぁ」と嬉しくなったのを思い出しました。その時に読んだのはデビュー作「スコーレNO.4」でした。機会がありましたら是非、お手にとってみてください(^o^)
素敵な物語でしたね。
どんなことでもコツコツと取り組んでいくことの大切さ、尊さを教えてくれるようなお話でした。そして、私も水無月・Rさんと同じように、何かひとつでも、そんな風に丁寧に、生きていきたいと思いました。
水無月・R
こつこつ、地味なんだけど大切なことですよね。
気負う必要はないけど、丁寧に生きていくことは、自分を大切にすることだなって感じました。
『スコーレNO.4』、さっそくリスト入りしました~♪なかなか、私の中での順番が回らないかもしれませんが、絶対に読みたいです!!
yori
僕も宮下奈都さん、初読みでした。
いや、思いがけず良かったです。
こんなに静かなのに、
どうしてこんなに力強いのでしょう。
小説ってすごいなと思いました!!
http://blog.livedoor.jp/yori1199/archives/52205496.html
水無月・R
本屋大賞受賞当時の評判が凄くて、なんとなく「もうちょっとほとぼりが冷めてから…」なんて思ってたのがもったいなかった…!(笑)!
澄んだピアノの単音が、ポーン・・・・響き続けているような、素晴らしい物語でした。
良い作品でしたよね!