『メビウス・ファクトリー』/三崎亜記 〇

メビウス・ファクトリー.png
とても重要な製品「P1」を作っているという、ME創研という会社の工場がある町。町は完全な企業城下町として繁栄し、町の人々は町に工場に誇りをもって生活している。
三崎亜記さんの今回の作品は、ちょっと毛色が違うと思ってました。でも読み終えてら、もしかして・・・?という気がしてきました。
『メビウス・ファクトリー』、巡り廻るのは何だったのかを考えたら、ぞっとしてしまいました。非常に、後味が悪いですな・・・。

「P1」とは何か。工場内での奉仕(作成)作業の過程を読んでも、全然想像がつかない。国民の生活の必需品だというのだが、作っている人々も、工場の奉仕員を管理している人々も、直接工場で働いていない町民たちも、全く分かっていない。でも、何の疑問も持つことなく「自分たちはとても大事なものを作っている(それにかかわっている)」という誇りを持っている。
いやいやいや、宗教か洗脳か…なんてことを疑うレベルですよね?!長いものに巻かれてることすら、気付いてないですよね?!あるいは、気付いててもスルーしてますよね?!
真っ当な人間として、それってだいぶマズくないですか?!

なのに、平穏ならそれでいいか・・・と思って受け入れてしまいそう。下手に波風を立てることはないよ、だって町は「P1」を作って製品として出荷して、ちゃんとその儲けを還元して町民の生活は成り立ってるじゃない?
・・・怖い。思考停止して、ぬるま湯の中で安穏と暮らしていくことの方が楽。
私だって、その中にあってはきっと流されてしまう。もしかしたら、時折はぷつり・・・ぷつり・・・と疑問は浮かぶかもしれない、でもそれに目をつぶってしまいそう。

そうやって、「メグリ」に身を任せて、~~ねじれたメビウスの輪の上でも、何も見ず、何も考えずに歩き続ければ、平和で歩きやすい道がどこまでも続く。~~(本文より引用)のは、とても楽。
その中で、小さな嫉妬や見栄や献身に見せかけた妄信を振り回して、人々は、生きていた。

故郷にUターンしてきた新入社員、ベテラン奉仕員、製品の鑑定士、製品を町外に運ぶ運転手、総務のような役割の社員、それぞれが「信じていたP1」に対する疑問を少しずつ膨らませていく。
だが、徐々に見えてきた秘密も、「真実」かどうかは、誰にも分らないというラスト。誰もが誰かの台本に従って踊らされている?だとしたら、本当の黒幕は?目的は?落ち着かないままに終わる物語。

小山田浩子さんの『工場』をちょっと思い出しましたね。何を作っているかわからない巨大工場は、町の態を成し、何かを隠しているような・・・。
あの作品を読んだ時は、「目覚める直前の夢」みたいだと思ってたのですが、本作は「目覚めても終わらない悪夢」かもしれません。

というのも、このレビューの冒頭に書きましたが、いつもの三崎さん作品に流れる〈喪失〉を最初は感じられなくて「あらま、いつもと違うわね」と思ってたのですが、最後の章で「お尽くし」の人間である浪野が「真実」を暴こうとして、知ってしまった「偽装工作への疑惑」と「何かの役割を演じることから逃れられない」という〈本当〉の姿の不在、それこそが終わらない悪夢であり、〈自己を見失う(喪失)〉につながっていくことを感じてしまったからなのですよ。
確たるはずの自分が揺らぐ。巡り廻るのは、製品でも町の人々の意識でもなく、それぞれの立場や存在そのものなのでは?

〈欺瞞〉という言葉がぴったりの物語でしたねぇ・・・。
「P1」も欺瞞、ME創研に勤める人々も欺瞞、町の在り方も欺瞞。いや、疑問を持つことすら欺瞞ではなかったか・・・。
欺瞞であることに、気付かず、気付いても知らぬふりをし、生きていくことの容易さ。
それが、本作一番の、恐怖だったかもしれません。

(2018.01.04 読了)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック