『ししりばの家』/澤村伊智 ◎

夏のうちに読んでおきたかった・・・(笑)。
図書館予約の順番が、予想以上に回ってこなくて、すっかり秋も深まった頃に手元に来たことを、ちょっと残念がりながら読み始めたのですが。
・・・ああもう、なんでこう、澤村伊智さんって、理不尽系に怖いんだろうなぁ!!
読んでると、どんどん心身が冷えてくる感じがするんですよ、ホントに。
本作『ししりばの家』 、最後の1章なんて、上に羽織る物取りに行くのに中断しなくちゃいけなかったですよ!
ああ・・・ホント怖ッ・・・!!

夫の転勤で上京し、仕事もやめ、友人もいない、することもなく孤独な日々を送っていた主婦・果歩は、幼馴染の敏と再会し、彼の家に招かれる。疲れ切った表情の妻、認知症が進んだ敏の祖母が暮らすその家には、サラサラと砂が降り積もっていたが、それに疑問を感じることがない敏は、何度も果歩を家に招く。
小学生の頃、比嘉琴子とクラスメイトの家に行った五十嵐は、その家の亡くなったはずの妹を見てしまう。後日、その家は廃屋となり、他に2人を加えて探検しようとして、砂の降り積もる中で怪異に出会ってしまう。後に他の二人は死亡。
犬の散歩以外に外出することができなくなり、毎日当時の光景を追憶しては、その家を監視することしかできなくなってしまった五十嵐。五十嵐のアタマの中では、いつも砂が降り積もる音がしている。
ある日突然、比嘉琴子が五十嵐を訪れ、「あの家に憑いているのは『ししりば』で、自分になんとか実力もついてきたから、あれを祓ってくる」と宣言する。

果歩と五十嵐のパートが交互に語られ、その家に憑いている『ししりば』が何かが全くわからないまま、果歩パートではバイオレンスホラーが繰り広げられていきます。どう考えてもおかしい状況を、操られるかのように受入れている敏に恐怖し追い詰められていく果歩、読んでいてゾッとするのですが、もっと恐ろしいのは、五十嵐パートで琴子が調べてきた『ししりば』の正体があまりにも曖昧で、本当に祓えるのか、ししりばの目的は何なのか、全く見えてこないことです。

そして、あの家に憑いていたししりばを、なんとか封じ込めることができたはずのラスト。
ししりばの洗脳?により、敏の子供を身ごもり、正気に戻ったのち出産した果歩。
彼女は「隣室でもう泣くはずがない子供」の泣き声を幻聴している。
それを放置して外出する彼女は、ししりばとはまた違う別の悪夢の中をさまようという地獄の中にいる。
いやいやいや・・・怖いよ。ししりばの理不尽な恐怖も怖いけど、果歩の新たな地獄も、〈怪異も怖いけれど、人間がやっぱり一番怖い〉ってヤツじゃないの・・・。

とにかく、怖いことがいっぱい出てくる。
琴子の覚醒を促した、ししりば。敏の祖母だと思っていたら、全くの他人だった〈お祖母ちゃん〉。降り積もる砂の音。殺された果歩の夫。敏の妻の入れ替わり。五十嵐と琴子が過去のトラウマを乗り越えようと乗り込むものの、もっと強力な強制力を持ったししりばの返り討ちにあいそうになること。亡くなったはずの妹の真実。琴子の家族の末路。
五十嵐と琴子の危機を救ったのは、五十嵐の愛犬・銀であった。犬はししりばの天敵らしい。

それとですね、結局「ししりば」という怪異の正体というか、発生や来歴やその本来の目的(今回の怪異はどちらかと言うと歪んで暴走したものではないかと推察される)が、わからないんですよねぇ。ということは、この家以外にも、「ししりば的なもの」はあるかもしれないということじゃないかと、思うのですよ。
屋敷を取り壊しても、爆弾が落ちても、住む家族が変わっても、ずっと取り憑いていた〈それ〉は、潜んでいた鉄の箱を爆破したとして、その結果五十嵐の頭の中の砂の音は消えたとして、本当に・・・本当に、消失したのだろうか?・・・なんてことまで考えついてしまったら、もう、ダメでしょう・・・。怖いよ・・・怖いよ・・・怖いよ・・・。
フィクションだって、自分に言い聞かせてるけど、ひたひたと怖いのですよ。忍び寄ってくるのですよ。はぁ・・・参るわぁ。

今回、文庫版を読んだんですが、解説がなんと三津田信三さんなんですよ。
おぉぉ!!私、三津田さん大好きなんですよねぇ。確かに、土着民俗学系ホラー(ミステリーでもある)という共通点があった!
三津田さんが〈2人の怪異に対するスタンスが、極めて親しい〉と書いていて、「なるほどそうか、私が三津田作品も澤村作品も「怖いよ!怖いよ!」と叫びながらも惹き込まれちゃうのは、そういうわけか!」と、いたく得心致しましたよ。
どちらかと言うと、三津田作品の方は理屈が通り過ぎて怖く、澤村作品の方は理不尽すぎて怖いという傾向があるような気がします。あ、でもそれは私の微妙な感覚的な違いなのですが。
・・・どっちにしろ怖いんですよ!!(笑)
それと、三津田さんが澤村作品のタイトルの〈平仮名四文字が喚起する薄気味の悪さ〉に言及していた部分には、〈私も、思ってた!!〉と声を大にして主張したくなりましたね(前作『などらきの首』のレビュー時に言及しました)。更に私としては、「ぼぎわん」「ずうのめ」「などらき」「ししりば」「ぜんしゅ」(次作のタイトル)それぞれに濁音が入っていて、かつ発音がしやすいのに〈何を指し示すのか全く想像がつかない〉ということにも、絶妙な不穏さを感じてることを主張させていただきます。いつか誰かが、この説に賛同してくれるんじゃないかと期待しています(笑)。

(2021.11.05 読了)

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