『でえれえ、やっちもねえ』/岩井志麻子 ○

岩井志麻子さんの『ぼっけえ、きょうてえ』を読んで、岡山弁が〈土着の恐怖〉トリガーになるというトラウマを私が負ったのは、このブログを始める前(10数年前)のことでした。
本作『でえれえ、やっちもねえ』 も、岡山弁がじっとり絡みついてくる、人間の恐ろしさが描かれていたように思います。

「穴堀酒」
ずっと手紙を送ってくる女、最後に一通だけ、返信が・・・。
「でえれえ、やっちもねえ」
異形の子が生まれ、コレラが流行する。
「大彗星愈々接近」
失踪していた女が57年経って帰ってきた。そしてハレー彗星が大接近する。
「カユ・アピアピ」
自分は、この蒸し暑い国で何をしているのだろう。

実を言うと、どの物語も「ホラー的な恐怖」はなかったように思う。
ただ、〈土着の恐怖〉たる〈旧弊な地方の閉塞感からくる、じっとりとした恐ろしさ〉が絡みついてくる感じがして、ゾワゾワしました。
「振り返ってはいけない・・・」系ですね~。多分、振り返ったら、そこにはポッカリと口を開けた暗い暗い穴があって、引力もないだろうにふっと吸い込まれてしまう、そんな感じがするのですよ。
彼岸と此岸の境界は、そんなふうにあるんじゃないか、という気がしてしまったんですよねぇ。

「穴掘酒」の、ひたすらにネチネチと手紙を送ってくる女(現代的に言えばストーカーですよね~、妄想満載・・・)の脅迫に負けて、ついに男からの返信が一通だけあったのだけど、これはもう、あからさまに「女を片付ける気満々」ですよね・・・。女の手紙が全て正しい情報とすれば、この男はかなりの卑怯者。それを理解した上で、女はどんな行動を取るのでしょう。素直に会いに行き、片付けられてしまうのか。男の裏をかいて、逆に男を片付けるのか、それとも無理心中でも図るのか。

「カユ・アピアピ」で、岡山の寒村を出て東京で作家の妻となった女は、不倫事件を起こした末に夫に従ってシンガポールで生活することになった。過去を回想する彼女、創作活動をしようにも才能は枯れ果て摩耗した彼女、そして実家の父からの手紙が届く。
さて、その手紙に書かれていることは、どこからどこまでが真実?どこからが父の妄想?彼女の回想は真実だったのか?
わからないままに、ストン・・・と物語は断ち切られる。
ゾッとする、というよりは、「あ・・・何かが背後を通ったな、でも気が付いたということを気取られちゃダメなやつ・・・」という感じがしました。具体的にどういうことか、説明しづらいんですけど・・・。

(2021.11.17 読了)

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