あの日のプロポーズの返事が、パトリシアの世界を分岐させた。
「yes」と答えたトリシア、「no」と答えたパット、それぞれの人生と世界は、大きく変わっていった。
書評で「2つの人生をパラレルに生きた女性の物語」と紹介され、興味を持ったので、読んでみることにしました。
著者ジョー・ウォルトンさんは、別作品ですがヒューゴー賞・ネビュラ賞をダブル受賞したこともあるSF作家さん。この2つの賞の受賞作、結構私の好みに合うので、ちょっと期待して読み始めました。
2つの人生を追憶する、一人の老女を描く本書『わたしの本当の子どもたち』 、なかなか興味深かったです。
世界大戦終了後、オックスフォード大学を卒業し、地方の私立女子校の教師になっていたパトリシアは、恋人から急なプロポーズを電話で受け、返事を迫られる。
そこから彼女の人生は、「yes」と答えたトリシアと、「no」と答えたパットに分岐し、彼女の生きる世界の歴史すら少しずつ違ったものになっていく。
最初はトリシアを抑圧するマークに苛立ち、早く離婚できればいいのに!どうしてこの時代は大卒女性ですら、結婚したら仕事を続けることが出来ずに自立の道を絶たれてしまうのだろう、誰かマークに天罰でも与えないものか・・・とずっと思っていました。
パットの方は、理想的な恋人・ビィ(女性)と出会い、子供が欲しいという願いを叶えてくれるマイクルという協力者にも恵まれ、人生を謳歌していくのですが、ビィの障害や核兵器使用による癌患者の激増や世界的緊張など、順風満帆とは行かない日々を送ることになります。
認知症で施設で生活しているパトリシアにとって、2つの人生どちらも実感があり、すべての記憶をつぶさに思い返す事ができるという状態から、この物語はどういうラストを迎えるのだろう、と2つの人生を比較しながら読んでいました。
自身は抑圧され辛い目に会いながらも(もちろんその中でも幸せはたくさんあったのだけど)、世界は平和に発展し続ける人生か。
自由と自立とを謳歌し愛し愛する人に恵まれながらも、世界は争いと癌と破壊の繰り広げられる人生か。
物語の一番最後に、もう一度〈分岐点の選択〉が彼女の前に届きます。
彼女は、どちらを選ぶのか?というところで物語は終わる。
さて、どちらなのでしょうね。
読者であるわたしは、どちらを望むのか・・・一生懸命考えたんですけど、どちらも嫌なんですよね。
小市民な私は、戦争や癌のはびこる世界は嫌だし、かと言って夫に抑圧され続け嫌な目に会いながら行きていくのも嫌です。
流行りの転生モノっぽくなりますが、2つの人生の記憶を持ったまま、人生2周めを迎えるなら(3周目になるのかしら?)、アリかな(笑)。世界は良くなる方を選び、抑圧者の夫とは早めに離婚し、なんとかして生きていく術を模索しながら、その人生を慎ましく過ごしていければ・・・まあ、ご都合主義な発想ではありますがね。
物語の終わり方は、ちょっと予想と違ってました。
2つの人生が、認知症の老女の追憶ではなく、だんだんに一つに集約する・・・みたいな感じかなと思ってました。
そのほうがSFっぽいかな~と。でもそれだと、かなり長い物語になるかもしれませんね(笑)。
私が望む、ヒューゴー賞・ネビュラ賞系のSFではなかったですが、なかなか興味深く読めました。
私の人生の分岐点も、いくつもあったんだろうなぁ。別の軸の私は、全然違った人生を生きているのかもしれないなぁ。・・・なんてことを思ったりもしました。
(2022.01.12 読了)
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