『狗神』/坂東眞砂子 ◎

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来た来た、坂東眞砂子さんの〈ザ・土俗民俗学系ホラー〉ですよ~。
山間の村で、じわじわと村人たちを追い詰め、狂気の行動を起こさせた『狗神』憑き
この物語は近代以前の話ではなく、〈平成〉に入っているという設定なのである。
更に舞台は高知県とくれば、水無月・R大歓喜モード。
・・・いい!非常にいい!!
じわじわと浸透していく、不信感と悪夢と狂気。

狗神憑きといえば、同じく坂東眞砂子さんの『鬼神の狂乱』でも山間の村を駆け抜けた狂気が描かれましたが、なんせそれは江戸時代の話。
こちらの物語は、初出平成8年当時の高知県のとある村での出来事を描いているから、主人公たち含め村人たちの生活は現代的(まあ2022年現在では、現代的とは言いかねるけど)でリアル。
そのリアルに、民俗伝承である〈狗神〉が忍び寄り、人々を恐怖に引きずり込み、恐ろしい行動をさせてしまう。
いやぁ、怖かったですね。
〈狗神憑き〉そのものは、正直言って現実としては受け入れられないというか、物語だから信じて読めていました。
物語の中でこそのリアル、だったような気がします。

私が少女時代に住んでいたのは、高知県と言ってもこのような山間ではなく高知市内でしたので、こんな人間関係が濃く狗神という非科学的なものが信じられているような世界は、未経験ではありますが。
それでも、平成が終わって令和の時代になっても、もしかするとこのような狂乱が発生するかもしれない、それぐらい人間は弱く疑い深く、防衛のためには集団で狂気を爆発させるかもしれない、という感じがして、怖かったですねぇ。

前置きが非常に長くなってて、内容を細かく書いても冗長だなと言う気がしてきましたので、あらすじは追わないことにします。

坂東さんの怖いところは、夜の描写です。
曇っていたとしても星や月の気配を感じさせる明るさがひそんでいるはずの夜空なのに、今は黒い紙を貼り付けたようにベッタリとした漆黒の闇が漂っている。その闇の中で、生臭い獣のハッハッ・・という息遣いが聞こえるような気がする・・・
・・・これは、いる。そこに、いる。見てはいけないもの、感じ取ってはいけないものが、いる。

主人公・美希が高校生の時に恋の狂気に攫われ身ごもった、従兄・隆直の子。誰にも知られないように、村から離れた場所で産んだその子供は、へその緒を首に巻いての死産であった。村に戻った美希は、隆直が結婚したことを知る。隆直は、美希の母が本家に養子に出した、実兄だったのである。
そして時を経て、恋も激情もなく静かに暮らしていた美希は、近隣の中学校に赴任してきた若い教師・晃と出会い、眠っていた激情を呼び起こされる。
だがしかし、物語の最後に明らかになった晃の素性は・・・、美希が産んだ子供だったのである。
禁忌に禁忌を重ねる、男女の情愛と執着。昏い運命の廻り合いは、狗神或いはその本体であった鵺(ぬえ)が、執拗に引き寄せ操った結果だったのではないか。物語の最後に、土饅頭の中から現れ出ようとしていたのは、美希の体の中でその身を結んだ〈鵺〉では・・・。

二重の近親相姦を、関係ないといい切る美希と晃。伝説の動物、鵺。鵺が斬られ、その一部が狗神になったという伝説。
色々なことが、ぐるぐると目まぐるしく駆け巡るラスト、心底、恐ろしかったです。

迷信である〈狗神憑き〉を恐れ、その一族が集まる山に火を放った村人たちの狂気、獣を撃ったのだと主張する、老殺生人。
多くの死者を出しながらも騒動が落ち着いたあと、櫛の歯が抜けるように村を出ていく村人たち。

整理し難い、昏い恐ろしさを感じる物語でした。

(2022.08.18 読了)

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