『遠巷説百物語』/京極夏彦 ◎

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なんと、11年ぶりですよ、〈巷説百物語〉シリーズを読むのは。
相変わらず凶器レベルの製本でプレッシャー満載、それでもやはり〈人のなせる罪悪〉を〈人ならぬ者の仕業〉としてつける始末の鮮やかさには、グイグイと惹き込まれましたねぇ。ちょっと時間かかっちゃいましたけど(笑)。
京極夏彦さんの『遠巷説百物語』、懐かしい面々、新たな登場人物、遠野という土地の特性に因む物語を、堪能いたしました。

本作では、盛岡藩遠野保を舞台に、6つの物語が語られる。
それらは、まず章タイトルの怪異の絵と出典の文章があり、次に「譚(はなし)」として遠野の言葉でその怪異についての昔語りが入り、その次に「咄(はなし)」として宇夫方祥五郎が聞き集める市井の噂話があり、その次に「噺(はなし)」として事件の当事者たちの体験があり、最後に「話(はなし)」として「噺」で行われた怪異の仕掛けとその始末の行方を祥五郎が迷い家の仲蔵に尋ね聞かされる、という決まった形をもって構成されている。
どれもが「はなし」でありながら、一つの事件を語るものでありながら、それぞれが持つ真実は違う。
誰が、何を信じたいのか、どのように解決のつかぬ罪悪の始末をつけるのか、それぞれが飲み込むほろ苦さが根底にあった気がしますね。

「歯黒べったり」「礒撫」「波山」「鬼熊」「恙虫」「出世螺」、6つの怪異は、遠野特有のものではなく日本のあちこちで語られている割合メジャーな怪異である。
そんな怪異の噂話が、遠野の地で発生し流布していく。
その話を聞き集めているのが、本書の主人公である宇夫方祥五郎である。これまでのシリーズにおける、山岡百介みたいな役割ですが、祥五郎は遠野を治める盛岡藩の筆頭家老・南部義普の密命を受けて、市中に溢れる「ハナシ」を集め・見極め・報告をする、という立場にある。
知らぬ間に仕掛けに加担する事はあっても、それでもその中に組み込まれることはない、という意味ではちょっと違うのかな。

今までのシリーズとなんだか違うなぁと思ってたら、本作では「依頼者」があまり描かれてないんですよ。で、打ち倒すべき相手やそのやり方も、微妙にスッキリしない。
もちろん、事件は解決しているし、怪異の噂話で市井の人々も納得しているから、いいのだけど。

物語が進むに連れ、なんとなく怪異譚と事件の関わり方が読めるようになりました。
それでも「恙虫」「出世螺」で、話が遠野だけでなく盛岡藩すら超えて幕府に及ぶ範囲までに広がると、途端に理解が難しくなり、読むスピードが落ちました。
しかも、終盤に至って又市さんが登場するのよ。話がどんどん大きくなるし、かつての大きな標的まで出てきて、「始末は一部はついたものの、道半ば」といったところで終わる。
・・・果てしないなぁ、巷説百物語の世界は。

救いは、祥五郎がささやかな幸せをえて、遠野の地を離れ江戸に向かう際に聞き及んだ、「仙人峠の譚好きの親父」のこと。「譚」で祥五郎に噂話を伝える役目を担っていた乙蔵が、生きていたことと望む暮らしを得ていた事がわかって、なんだかとても温かい気持ちになりました。

今回、怪異についてや物語の進行について、ほとんど言及出来てませんね。
そのくせ、思ったことだけダラダラと(笑)。なんだか難しくてねぇ。ご了承ください。

(2022.11.15 読了)



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