『口笛の上手な白雪姫』/小川洋子 ◯

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小川洋子さんの作品を読むのは、久し振りです。
ちょっとだけ現実とズレていて、そのささやかな違いがキラキラと輝くような美しさと、ズレからくる密やかな不穏さのバランスが絶妙だなといつも感じているのですが、本作『口笛の上手な白雪姫』も、そんな穏やかで静かな物語が8編、描かれていました。

この繊細で浮遊感のある物語を堪能するには、心の余裕というかゆったりと読むことを楽しめるペース配分(生活とか気持ちとかインプット&アウトプットのバランス)が出来てないといけないかなぁ・・と感じました。
最近、わーっと勢いで読書をしすぎていた気がします。雑に読んでいたということではなく、しっかり楽しんでいたのですが、本作を読むようなペースが整ってなかったかもしれません。ちょっと残念。
それでも、やっぱり読み進むうちに、優しくて少し淋しくて、でも登場人物たちの間にそっと流れる温かな交流が胸にしみ込んでいくような感じが伝わってきて、読んでいて心地よかったです。

「先回りローバ」
吃音の少年の視界に現れる、不思議な小さな老婆。彼女との交流。
「亡き王女のための刺繍」
小さな洋裁店のりこさんは、素晴らしい刺繍をする。
「かわいそうなこと」
ささやかな出来事を一つ一つ、ノートに記す。かわいそうなこと。
「一つの歌を分け合う」
息子をなくした伯母と行った「レ・ミゼラブル」。彼女の涙を思い出す。
「乳歯」
迷子になった子供は、不思議な男と聖堂のレリーフを眺める。
「仮名の作家」
作品に傾倒するあまり、作家の領域を犯すファン。
「盲腸線の秘密」
曽祖父と孫は、廃線の危機にある鉄道支線に毎日乗りに行く。
「口笛の上手な白雪姫」
公衆浴場で、赤ん坊を預かっている小母さん。彼女の口笛は、赤ん坊にだけ聞こえる。

どの物語も、ささやかで他所から見ると理に合わない行動だったり心の動きだったりを、丁寧に描いています。
それらは、主人公たちの中では大切なことであり、一瞬一瞬を輝かせる特別な光であると感じます。
私の中に、そのようなものはあるのだろうか。まだ見つかっていない気がします。いつ見つかるのだろうか、見つけられるのだろうかと思うと、寂しい気持ちが募りますね。
小川洋子さんの作品を読むときの、温かい気持ちの中に少しの寂寥感をもってしまうのは、このせいかもしれません。
物語の中の彼らの「特別な光」に憧れ、少しだけ羨ましく淋しく思い、いつか見つかったときには堪能したいという密かに楽しみに待つ気持ち。日々の生活に追われながらも、忘れずにいたいと思いました。

ただ、「仮名の作家」だけは、憧れとは違いますね。作家とその作品を愛しすぎるあまり、「二人の間だけの秘密」を捏造し続けるファンの執拗さに震え上がりました。最後に捏造を弾劾され、抑え込まれるという現実の中でもひたすらに作品の暗唱を続ける彼女の中には、もう執着以外の何も残っていないのかもしれません。
そこまで全てを擲てる対象があるということは、現実をシャットアウトした人間の中では、とても幸せなことなのかもしれません。
でも、憧れたり羨んだりは、しないかな。まだまだ、小市民な私です。

一番好きだったのは、「乳歯」です。
若い研究者夫婦の間に生まれた賢い子供が、自分の中でモヤモヤとあった言葉や思考がくっきりとしてくるのを感じ取り、世界の輪郭がはっきりした、そんな迷子のひとときを描いた、美しい作品でした。聖堂のレリーフ、それに気付かせてくれた不思議な男、太陽の光。そして、その夜初めて手にした、抜けた自分の乳歯。きっと一生、そっと大切に持ち続けるであろう、聖遺物。
美しくて、温かくて、少しだけ切なくて、私の憧れをそっと揺らしました。

(2022.11.20 読了)



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