『共謀小説家』/蛭田亜紗子 ◯

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明治の世。小説家を目指していた宮本冬子は尊敬する小説家・尾形柳後雄に師事を願うが、柳後雄からは「女の弟子は取らないが、女中を探している」と伝えられ、それでもいいと上京する。
年若き明治の女性が小説家を目指すことの苦難、明治の文学界の師弟関係や作品批評のあり方、作家本人たちの嫉妬・羨望・競争や人格問題など、様々なことを描き込んだ、『共謀小説家』というタイトルが絶妙。何重にも意味を孕んだ〈共謀〉の果てに、冬子が選んだ人生とは。
蛭田亜紗子さんは、初めて読む作家さんですが、他の作品も読んでみたくなりました。

女中勤めをしながら作品を書こうにも思うようなものが書けない冬子は、ある日柳後雄の書斎に招き入れられ、とある屈辱的な行為を強いられ続け、終いには「作品への供物となれ」と襲われ、身籠ってしまう。
若くして著名な作家である柳後雄の家には3人の内弟子がおり、その中の九鬼春明は才能はありながらも、柳後雄の目指す文学と違う文体や内容で非難されていた。
柳後雄と冬子の交わりを覗き見し続けていた春明は、身籠った冬子に「共謀し、お互いを利用し合おう」と結婚を申し出る。

1作だけ九鬼冬子として作品を発表した後、豊橋の実家に戻った冬子は春明の子供として男児・透を産み、育てる。
東京に残った春明は、作家活動を続けるも己の弱さ故に作品が荒れ、作家活動に支障を来すほどの不義理を重ね、更には弟子に代作をさせるようになる。代作に気づいた冬子は、自分にも代作をさせてくれと頼み、何作かを春明のものとして発表する。
春明には、師の未完の遺作『錦繍羅刹』を完結させたいという願いがあり、その為には柳後雄がそれを書いていたときに一番身近に見ていた冬子の協力が欠かせない、ともに力を合わせてくれないかと懇願する。

『錦繍羅刹』の続編を共作中に、九鬼春明・九鬼冬子の往復書簡的対比短編を発表したり、春明の代作疑惑からの釈明文の発表があったり、冬子の中学教員免許の取得があったりと、夫婦の間には様々な出来事が起こる。
『錦繍羅刹』が完成し、親子3人で豊橋に戻った彼らに、透の死という悲劇が訪れる。
だが、それを乗り越え春明の代作品として書いたはずの「牝鹿と霊獣」が、「宮本冬子」の名で発表され、冬子は東京へ1人旅立つことにする。それを引き留めようとする春明。春明の秘密に気づいた冬子。
東京で、冬子は教員を続けながら、小説を発表し続ける。

〈作家の業〉という坩堝に飲み込まれ、我が身を削りながら作品を生み出し、それでも〈日々の生活〉にも注力せねばならなかった冬子の人生の苛烈さに、胸が苦しくなりました。
そして、苛烈であると同時に、母である豊かさや教員としての穏やかさも持ち続けたその人生の複雑さに、目が眩みそうになりました。
夫である春明の〈小説に魂を売り渡せなかった〉という弱さを乗り越え、己の中にある鬼を奮い立たせた冬子。
明治~大正という時代の女性の地位の低さ、その中を傷つきながら這ってでも進んできた冬子の強さや逞しさが、素晴らしかったです。

九鬼春明と九鬼冬子という名前にも、意味が深かったと思いますね。
己の中に九つの鬼を飼い、ときに飼い慣らしときに御しきれず暴れさせ、荒ぶる意欲を小説へとぶつけるという決意を持った「九鬼」という名。
柔らかに明るさを帯びた春の光を持つ「春明」、凛として身の引き締まる様な寒さを湛えた「冬子」。
春明は、もがき苦しみ、師の遺作を完成させたことで、自らの中の鬼を昇華させてしまい、冬子は、師の無体や夫の愚行やままならぬ女の身の辛さや我が子の死を、ひたすらに自分の中の鬼の餌として、大きく育て上げたのだと思います。

最初、〈共謀〉とは「師の子を自分たちの子供として育て、ともに胸に修羅をいだきながら作家活動をしていく」ことなのかと思っていました。その〈共謀〉だけではなく、「春明の代作をすること」も、「師の遺作を完結させるための共同作業」も、「文壇で注目を集めるために夫婦で作家であることを利用した演出」も、春明がずっと抱え続けてきた「秘密」すらも、全てが2人で作り上げた〈謀(はかりごと)〉だったのですね。

東京で教員として過ごしながら、冬子が描いたであろう小説を、読んでみたいと思いました。
二人の〈はかりごと〉を越えて、冬子自らが自由に羽ばたきながら描いた世界は、どんなものだったのか。
美しく、醜く、激しく、それらを持ちながらも穏やかな面を輝かせるような、そんな作品だったのではないと、勝手に妄想してしまいました。

(2023.01.17 読了)

この記事へのコメント

  • 苗坊

    こんにちは!
    蛭田さんのこちらの作品、知りませんでした…。読みたい本リストに加えます!情報ありがとうございます^^
    蛭田さんの作品は何冊か読んでいますが「フィッターXの異常な愛情」という作品が印象に残っています。主人公と同い年くらいの時に読んだからかもしれませんが、元気づけられた記憶があります。よろしければぜひ^^
    2023年01月19日 07:56
  • 水無月・R

    苗坊さん、ありがとうございます(^^)。
    蛭田さん作品のオススメ、ありがとうございます!
    『フィッターXの異常な愛情』ですね。図書館の予約に入れました!!楽しみです~。
    別の書評で見た『エンディング・ドレス』も面白そうだと思ったので、こちらも〈読みたい本リスト〉入りしています♪
    苗坊さんの『共謀小説家』の感想、楽しみです~。
    2023年01月19日 21:02