『ゆめこ縮緬』/皆川博子 ◯

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1998年に初版、「日本屈指の幻想小説集」と評され集英社文庫を経て、更に2019年に角川文庫から出版された本書『ゆめこ縮緬』
8つの物語は、舞台を同じくするもの、登場人物が微妙に重なるものもあるが、それぞれ独立した物語。
夢と現の境を滲ませ、登場する者たちの彼岸と此岸も曖昧なこれらの物語たちの中にはひっそりと幽鬼が立っているのではないか・・・。きっとその幽鬼は、柱の陰から路地の曲がり角から半身をのぞかせながら、ひんやりと湿った無表情で、物語の世界をぼんやりと眺めているのではないか・・・そんな妄想が走ってしまいました。
皆川博子さんの、そんな少し湿度の高い物語世界を、堪能しました。

〈湿度が高い〉と書きましたが、高温多湿ではないんですよね。どちらかというと、温度は低い感じ。
ひんやりと芯から冷えてくるような居心地の悪さ、屋外屋内にかかわらず常に泥濘んでいるような足元、1つボタンをかけちがえたかのような正常に見せかけて仄かな狂気を隠し持っている人々。
明らかに指差しあげつらう事はできないけれど、少しずつ狂いが身に侵食してくる、それを許容するものはいずれ冷たい湿気に朽ちていくのかもしれません。

おっと、このまま感想を書き続けると、私の中の「イタいアレ」が全開になりそう(笑)。といいつつ、まだ書きます。事細かに具体的な感想を書くのが難しい気がするので・・・。

大正から昭和初期の、少しだけ上流階級社会の中で一族や家族からちょっと外れた存在として腫れ物のように扱われている人々、っていういだけで、すでに耽美な感じがしますよね。
耽美でありながら猥雑、天真爛漫のようでいて妖艶な蠱毒を含んで、浮世離れした彼らは己の欲に忠実な非情を発揮し、行き合う人を魅了し自らの栄養として取り込んでしまう・・・。
読んでいるこちらも、いつの間にかあちらの世界に紛れ込んでしまいそうでした。

大川の中州は、大雨が降れば橋が流れ、魑魅魍魎や人の想いがわだかまる、そんな場所。そこでは生者と死者が反転し、化生のものは己の存在を大声で主張し争い、よんどころのない事情のある子供が育てられる。
「文月の使者」「青火童女」「ゆめこ縮緬」の舞台となる中洲は埋め立てられてもうないのだけれど、実はどこかで現実世界と切り離されていて、今もそっと冷たい湿気に満ちた世界を維持しているんじゃないか・・・そんな気がします。

いくつかの物語の中で、無邪気に冷酷な言動をする美しい幼女が出てきます。
彼女たちは、幼いながらも自分の魅力の取り扱い方を心得ていて、自分の影響下にある者を無意識に近いレベルでコントロールする。
被支配者は彼女を崇め、自らを傷つけてでも意に沿おうとする。ほんの僅かの報いであっても、報われないことがあってすらも、その心身を捧げることに躊躇がない。
彼らの本能的な関係に、ゾクゾクしました。

(2024.03.22 読了)


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