『望月の烏』/阿部智里 ◯


阿部智里さんの〈八咫烏世界〉シリーズの第2部4冊目となる本作、『望月の烏』
このシリーズの一番最初も〈后選び〉だったな・・・、再び后選びが描かれるのかと思うと、複雑な気持ちになりますね。
シリーズ第1作『烏に単は似合わない』の時代とは、隔世の感があります。
きらびやかに競い合いながら、それぞれに成長していく〈后候補〉の姫君たちの個性の美しさ・強さにとても心惹かれた物語でしたが、本作では同じ后選びながら、メインは若き金烏・凪彦の成長と挫折、落女・澄生と博陸候・雪斎(雪哉)の対立。
シリーズを読み続けている読者はもう知っている、〈いずれ必ず起きる山内の崩壊〉に対して、どうしていくことが正解なのか・・・。

真赭の薄と澄尾の娘・澄生は、落女(女としての籍を捨てて官吏となった女性)となり、美貌と対応の絶妙さをもって宮中の官吏たちを魅了している。
東西南北の重要貴族家から一人ずつ后候補を集めて、后選びをする〈登殿の儀〉。
南家からは蛍(皇后内定)、東家からは山吹(側室内定)、北家からは鶴が音(羽母=乳母内定)、西家からは桂の花(立場なし)が選出され、桜花宮で暮らし始めるのだが・・・。

桜花宮での行事の際、目に止まった澄生を召し出した金烏・凪彦は、彼女から「博陸侯・雪斎から上がってくる報告は、宮烏にとって都合よく捻じ曲げられたものである」と聞き、彼女を通して庶民がどう扱われているかを知ることになる。
もちろん、雪斎の息のかかった側近たちからの話も聞き、「金烏としてどうあるべきか」に思い惑う凪彦・・・。

雪斎と澄生が自説を戦わせるシーンでは、「どちらも正しくて、どちらも足りない・・」と、胸が苦しくなりました。幼くして金烏代となった凪彦が雪斎に抱く、空恐ろしいほどの圧迫感と自分では何も出来ないのだという虚無感も切なかったです。
澄生が掲げる「山内の行く末は庶民に代表者を選ばせて、そのものたちが決めればいい」という一見正しく見える主張の危うさは、我々現実世界での政の難しさにも現れています。澄生はまだ青いなぁ、でもそういう真っ直ぐな気持ちも大事なんだよなぁ、でも現実的ではないんだよなぁ・・・と、読んでいて思いました。
凪彦に関しては、傀儡幼帝からの脱却は、かなり難しいでしょうね。優しいだけでは、山内の政は担えない。滅私の合理性で突き進む雪斎と協議する事もなかなかできないことでしょう。
それでも、凪彦の存在はきっと山内には必要なのだと思います。彼の伸び代に期待したいところです。

后選びでは、最初は『烏に単は似合わない』の頃に比べて、姫君たちに小粒感が見受けられるな~と、最初は感じていました。
感情を表に出さない蛍、博陸侯の権威を傘に着て増長発言の多い鶴が音、あせびに似てふわふわと何を考えているかわからない山吹、実家西家の勢力の弱まりに流されまた澄生の台頭に翻弄される桂の花。
特に鶴が音の調子に乗った増長ぶりには最初の方から、「雪斎が送り込んだにしては、出来が悪い・・・」と思ってしまいました。結局、宴の席で金烏を責めるという暴挙に、周りから見限られてしまいました。雪斎はここまで計算済みだったかも知れない、と思うと背筋が寒くなりますね。

その宴の席での山吹の変貌、そしてラストでの蛍の重要な役割・・・ああ、やはり四大家の姫君たちは、ただかしずかれるだけの人形ではなく、意思を持って生きようとする強さと美しさを持つのだな・・・彼女たちの力もきっと、いつか、山内を助けるものになるに違いないと思えて、そこはちょっとホッとしました(鶴が音に関しては、これを教訓として成長してほしいものですが)。

〈雪斎〉と書くたびに、胸が痛くなってしまいます。私にとって、雪斎はいつまでも〈雪哉〉、真の金烏・奈月彦と共に山内を守るために東奔西走し艱難辛苦を経験していた、あの雪哉なのです。
冷酷に権力をふるうその姿をどんなに読んでも、それでもなお、「雪哉の真意は、山内の崩壊を避けることは出来なくてもなんとか和らげ、なるべく穏便に烏たちを外界(人間界)に馴染ませて融和させること」だと、信じています。
彼の真意(私の推測ではありますが)が報われる日が、いつか来ることを願ってしまいます。たとえ、八咫烏の世界では誰にも理解してもらえなくても・・・。

「望月の欠けたることのなし」という言葉は、今が盛りであることを称賛している言葉だけれど、今が盛りであとは衰退していくということを示してしまっているわけで。
それは雪斎の栄華ではなく、山内の崩壊を指しているということを、どれだけの八咫烏たちが自覚しているのでしょうか。
山内の終焉に向かって、物語はまた進んでいきます。
金烏代・凪彦、博陸侯・雪斎(雪哉)、そして澄生(紫苑の宮)、人間界から関わることになった安原はじめ、その他数多くの登場人物たちが、この八咫烏世界のためにどのような行動をしていくのか・・・。
最後まで、それを見守りたいと思っています。

(2024.04.26 読了) 

ブロガーさんにご許可頂いたレビューをご紹介します♪
☆おすすめです!☆


水無月・Rの〈八咫烏世界シリーズ〉記事
『望月の烏』 ◯(本稿)


この記事へのコメント

  • 苗坊

    こんにちは。
    最初はやはり『烏に単は似合わない』を思い出してしまいましたよね。でも最初から妃となる人が決まっているようですし、桂の花が可哀そうだなくらいにしか思っていなかったのですが、まさかの展開に驚きました。
    雪斎の思惑もよくわからない部分もありますし、未来ある若者が頑張ってほしいという想いも感じながら読みました。
    あせびの息子というだけで凪彦を毛嫌いしながら読んでいましたけど(ごめんなさい)まっとうに成長していて安心しました^^;
    はじめも登場してきそうですし、続きが本当に気になります。
    2024年04月27日 15:41
  • 水無月・R

    苗坊さん、ありがとうございます(^^)。
    私も、最初の頃は「あせびの息子だから」「どうせ傀儡幼帝だから」と、凪彦のことはあまり良く思っていませんでした・・・
    本作の中で色々と成長し挫折を知った彼が、金烏として山内を思う気持ちはちゃんとあることを知れて、良かったです。
    若い世代に、期待したいですね。
    この世界がどうなっていくのか、とても気になります。
    2024年04月27日 18:04