壮大で、切なくて、でも温かくて、とても素敵な物語でした。
宇宙空間でのワープの際、人間には認識できない七十四秒間が発生するという。
それを狙って襲い掛かる宇宙海賊に対抗する手段として宇宙船に搭載された人工知性ロボット「マ・フ」たちの、長い長い歴史の物語。
久永実木彦さんの描く、彼らの『七十四秒の旋律と孤独』は、美しい旋律と機械同士の過酷な戦いと、そして長い時間の果てに再会したマ・フと人間の互いへの複雑な思いと記憶と創作される歴史の織りなす、見事な物語でした。
最初の章の「七十四秒の旋律と孤独」で、とある宇宙船に搭載された朱鷺型ロボット・紅葉の日々が描かれる。
ワープの際の襲撃を防ぐことが彼の仕事だが、幸いにしてそのような事態は起こったことがなかった。だが、とうとうある日襲撃を受け、七十四秒間の死闘を繰り広げ、乗組員と船を守った末に、彼の機能はシャットダウンする。
彼の最後の望みは、船に搭乗していたメアリー・ローズの深く澄んだ海王星のブルーの瞳に、自身を映すことであった・・・。
乗組員の飼い猫に焦がれ、最後にその目の前で力尽きた紅葉。
でも、彼の願いはきっと叶えられたのだろうと思います。そして、彼がそれを純粋に願うことが、機械であるマ・フに与えられる救いであったと思います。
機械であっても、心を持ち、求め願い、与えられ救われる。そんな優しい世界が描かれていました。
それに続く「マ・フ クロニクル」の五つの短編。
人間が姿を消し、マ・フのみがとある高次元の宇宙空間の中で一斉に起動し、母船の片隅で発見された「聖典(ドキュメント)」に従い、景天図を仕上げるための旅をはじめ、各地に小集団が派遣され、惑星の生態系観察を記録するようになった。
惑星Hに派遣された八体のマ・フは、1万年にわたって生態系の観察と記録を続けていたが・・・。
不慮の事故による仲間の機能停止、赤い粘体から再生した人間たち、人間たちとの共同生活と彼らとの反目、そして戦い。
また1万年の時を経て、船から供給される電力が尽き、人間たちは崇める摩夫との別れを体験する。
人間だけでなくマ・フたちにも「物語(歴史)」が必要とされている、どちらにとっても〈伝え続けることで生きるよすがになる「物語」〉の正しさと都合に合わせて作り替えられることの切なさが、趣き深かったです。
ひたすらに淡々と惑星の生態系を観察し続け、〈特別〉を作らず過ごしてきたマ・フたちが、人間と巡り合うことで「聖典」から外れ、少しずつ個性を身に着けていく様子は、純粋すぎる彼らの危うさを感じさせるものでした。
人間が数多く復活してくるにつれ、マ・フたちと対立し、彼らを利用し見下そうとする集団に変わってしまうのが、切なかったです。
人間の襲撃から逃れたマ・フたち、再度赤色粘体化した人間たち、赤色粘退化した人間を再生させたマ・フたち、新たな人間とマ・フの関係、半永久的に電力供給してきた機関の終焉。
真実と噓偽りを交えた「物語」を語り継ぐ人々は、いつか自力で電力を手にするかもしれない。
そんな日が来たとしても、マ・フたちとの日々は美しい「歴史」であってほしいと思いました。
長い長い月日があり、その時々でマ・フたちだけでなく人間たちも、己の希望を込めた物語を持つ。
〈物語の力〉を、強く感じました。
人間も、心を持つ機械(人工知性体)も、滅びては再生し、共に生きていくことも、道を分かつことも、懸命に「生きる」ことに繋がっていく。
対立も、融和も、憧憬も、すべてが穏やかで暖かい物語の中に、息づいていたと思います。
(2024.06.18 読了)
この記事へのコメント
todo23
今度、アシモフの「バイセンテニアル・マン」を読んでみられたら如何でしょう。
元々は『聖者の行進』という短編集に収録されたものですが、その後シルヴァーバーグによって長編化され『アンドリューNDR114』というタイトルで出版されてます。ロビン・ウィリアムズ主演で映画化もされてます。
バイは2、センテニアルは世紀で2世紀生きた男と言う意味。
作った会社でさえ分からない理由で意識や感情を持ってしまったロボットの物語で、理系の知識は不要です。
アシモフのロボット物は短編集『われはロボット』『ロボットの時代』などを読んでゆくとアシモフ流のロボットの年代記~創世の時代、人類に反発された衰退期、再生期~が見えてくるようになっていますよ。
水無月・R
アシモフは、実はきちんと読んだことがないんですよね。
壮大過ぎて、手が出せていない・・・。
理系の知識不要、ということでしたら読んでみようかなぁ。ロボットの物語は、結構好きですから♪