『火星ダーク・バラード』/上田早夕里 ◯


〈オーシャン・クロニクル シリーズ〉を始めとする上田早夕里さんの作品の世界観は、美しいSFと繊細なファンタジーに彩られているものだと思ってたら、本作『火星ダーク・バラード』はかなりハードボイルドでしたね。
火星の警察官・水島を主人公に、遺伝子操作で生まれた強い共感能力を持つ〈プログレッシヴ〉の少女・アデリーンを巡る攻防戦が繰り広げられ、後半は特にアデリーンのサイキック能力の暴走からコントロール、タフではあるけれど普通の人間の水島が追い詰められていく様子、息詰まるような展開でした。

火星の渓谷に天蓋をかぶせ、その中を人間に適応した環境に作り変えることで居住を可能にし、天蓋と天蓋をチューブ交通網で繋いで行き来可能にしたという、壮大な都市計画が進み、次は木星へ人類進出・・という過程で、身体能力と知能が高く、共感力が高いことで互いに争うようなこともしない人類=〈プログレッシヴ〉が密かに産み出されていた。
能力は高いものの、コントロールがまだ不安定だったアデリーンが引き起こした列車事故、その列車で護送していた凶暴な殺人犯を取り逃した上に、同僚殺害の疑惑をかけれた水島は、真実を探し当てるために個人捜査を突き進める中で、バディに裏切られ、死亡した同僚の恋人・ユ・ギヒョンに捕まったあと彼に情報を託して逃亡、その後プログレッシヴの存在を隠しておきたい研究組織(バックには火星政府)に急かされた警察に捕まってしまう。拷問のような取り調べの最中、能力を暴走させたアデリーンが警察を襲い、水島を連れての逃亡劇が始まる。

水島を恋い慕うアデリーン、未成年者への責任感と仄かな恋情に揺れる水島、そんな感情の入り込む余地のない、激しい戦い。
軌道エレベーターと衛星フォボスの衝突を紙一重でかわしたアデリーンの能力コントロールの成長、そして二人の別れ。

物語のラストは大団円とはいかない。
地球へ旅立つアデリーンには監視がつき、火星に残った水島にも監視がつきアデリーンに対する人質の役目を負わされることになる。
その役目から開放してやろうと、ユ・ギヒョンが命を懸けて申し出るも、それを拒否して水島は歩きだす。
自分を監視している連中にいつか一泡吹かせる方法も考えてみようと言って。

アデリーンと水島が再会する日は、来ないのかもしれません。
そうだとしても、きっと彼らはお互いを忘れることなく、自分らしく生きていくためにそっと心の支えとして大切に思っていくことでしょう。
人類が木星へ進出し、更にもっと広い宇宙へと居住を拡大する日が来たとしても、〈人が人を思いやる気持ちこそが、人を支えていく〉ことは変わらないどころか、最も大事な要素になるのではないか、と思いました。

・・・しかし私、ハードボイルドは、苦手だなぁ。
芯が通っているといえば、そうなんだけど、ハードボイルドを貫く登場人物の頑なさとそれ故に降りかかる災難や暴力は、読んでて苦しすぎるんですよねぇ。そりゃ、日和見主義で信用ならない人物にも、共感は全然できないんですけど・・・。
かっこいいんですけどね~、なんというか、苦手。

あと、アデリーンの力による甚大な被害の扱いが軽いのが、ちょっと気になりました。
列車事故だけじゃなく、警察強襲、宇宙軌道エレベーター付近での大きな被害、〈水島を救うためには、まだ年若い少女がここまで猛威を振るう〉というスケールの大きさを表した結果なんだとは思うんですけどね、死傷者の数はとてつもなかったでしょうし、多くの施設が破壊されて火星住人たちの生活に支障が大いにあったと思うんですが、そこからの復興まで描くと話は煩雑になってしまう・・・てことなんでしょうね。
ただ、二人の自由を目指す逃亡劇の影に、数多くの被害が出たことの責任は、誰が(どこが?なにが?)取ったのだろうか・・・火星住人だけでなく人類全体は〈プログレッシヴ〉という〈超人類〉を許容したのか、など、気になることはたくさんありました。
コレはまあ、私が「水島とアデリーンの物語」ではなく、「人類が宇宙進出をしていく過程の物語の一部」として、この作品を捉えてしまったせいもあるのかもしれません。ちょっと視野を広げすぎちゃったな(笑)。

私の嗜好とはちょっと外れていたとはいえ、面白かったです。
この作品は文庫化の際にかなりの改変が加えられて、ラストは違ったものになったということですが、デビュー作なんだそうです。
・・・すごい!こんな壮大で力強くて、それでいて人間をしっかりと描けている作品が、デビュー作。
やはり、上田さんの作品をコンプリートしたくなりました!

(2024.09.12 読了)

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