著者である市川沙央さんご本人が「先天性ミオパチー」という筋疾患を患っておられ、人工呼吸器と車椅子を常用されていること。
同じ病状を持った主人公・井沢釈華の日々を鮮烈に描く『ハンチバック』は、芥川賞受賞作であること。
授賞式で「読書バリアフリーの推進」を訴えたことは、記憶に新しい。
実を言うと、あまりにも話題になったこと、テーマが先天性かつ進行性で治癒できない遺伝子病あること、著者ご本人の病状のインパクトなど、「これは、読んでも感想が難しすぎるわ・・・」と、腰が引けていたのですよね。
ですが、「紙の本が好き」という健常者のエモ感覚発言を吹き飛ばすような内容だと聞き、読んでみようという気になりました。
そんな事を言いつつ、私はどちらかと言うとエモ発言派です。電子書籍を否定する気は、全く有りませんが。
今年の春、ほぼ初めて〈電子書籍での読書〉をしたのですが、「読むのに支障はないが、確認のための流し読みがしにくい」とか「左右の厚みの差で、読書の進行度を意識してたのか~」とか、直感的な点でちょっと使いづらいと感じてしまったんですよね。
あと、今のところ(私が利用できる)図書館で借りられるのは紙の本のみであることも、読みたい本が多すぎる私にとって経済的に「紙の本」がありがたい、って面もあったりして。
でも、文中で釈華が言う「健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモ」には薄々気付いていて、釈華の言葉に頭をぶん殴られた気がします。わかっていたけど、もっと切実に求める人がいるのだ、という事実。
読書環境のバリアフリーは推進されるべきだ、あらゆる状況に対応して望む読書体験が用意されるべきだ、と言うのは簡単だけど、私にそれを実現させる能力・権力はありません。ただ、世の中がそういうふうに変わっていくことを願うことや、何かしらの手段を持って後押しすることはできるかもしれません。そうしたい、と思いました。
ストーリーを追うのは、やめておきます。
S字に湾曲した背骨が肺を圧迫しているため呼吸器を使い、それでも食事は自分でできるしグループホームの自室の中ぐらいなら自力で移動ができる釈華。裕福な父母が残してくれた施設で暮らし、通信制の大学で学び、ネットライター稼業で得た金銭は寄付に使い、SNSに「生まれ変わったら高級娼婦になりたい」と投稿する。
恵まれているといえば、恵まれている。だけど、本当に彼女が得たかった「健常」はそこにはなく、世間から隔絶された日々があるだけ。
釈華のどこにもぶつけようのない怒りは、コタツ記事と自らがうそぶくエロ文章や、投稿しないSNSの下書き、彼女の外に吐露されない内心の叫びとして、読者に迫ってきます。
生と性、知性と俗性がほとばしり、迎えたラストに描かれたエピソード。
女子大生の紗花が、風俗店で客の相手をしながら語るいろいろ。
これは、釈華の書いている文章なのか?それとも、実存するのは紗花のほう?
釈華の書いていた「ハプニング・バー」の記事に出てきた女子大生・Sちゃんは、紗花?
なにもわからないままに、物語は終わる。
読者それぞれで、解釈すればいい・・・と、突き放されるかのように。
怒涛の勢いで、読み終えてしまい、呆然としてしまいました。
難病、障害、「ないものとして扱われること」、「読書文化のマチズモ」、入れ子の仕掛け、次々織り込まれる知らなかった言葉(病気や障害などの専門用語以外にも俗語なども)、頭の中を雑にガシャガシャと掻き回されバーンとフタを叩きつけられた感じ。
どんな感想を書いたらいいのだ、とすこし悩んだ後、思いつくままをダラダラとパソコンに打ち込んで、このレビューとなりました。
(2024.09.18 読了)
この記事へのコメント
latifa
この本についてお話出来るの嬉しいです。
結構読むのに腰が引けて・・・ってハードルが高い本の様ですが、読む価値はあると私は思いました。
電子書籍は私も以前使って見たことがあるのですが、一番気になったのは
>確認のための流し読みがしにくい
これです。
私の場合、読んでいる途中で前に遡って確認するっていう事が多いので、とても面倒なんです。
つい数日間、40歳位の女優さんのお子様10歳位だったかな・・が、市川さんと同じご病気だと明かされていて、ちょうど市川さんの事が頭に浮かんでいたのでした。
市川さんの書く事への情熱が凄いので、次回作はどんな内容なのか楽しみにしていますし、応援したいです。
水無月・R
多様性がどうこうと軽い言い方の言い逃れを、してはいけない現実が描かれていましたね。
あの現実と対峙している人は実在していて、もちろん他にも私の想像が至らないような状況にある人もたくさんいるだろうこと。
読む価値がある物語だったと、私も思います。
市川沙央さんの次の作品、注目ですね。