先の年末から、京極夏彦さんの作品を結構読んでいます。
職場の休憩室で、〈なんかいつも分厚い本読んでるヘンな人〉が定着してきたワタクシでございますよ(笑)。
で、今回は〈書楼弔堂 シリーズ〉の最終巻『書楼弔堂 ~霜夜~』にの世界にどっぷりと浸らせていただきました。
確かに分厚かったですけどね、厚さは3.5cm・頁数は511頁、大したことなかった・・・?
・・・うん、たぶん感覚が狂ってるな(笑)。
前作『書楼弔堂 ~待宵~』から5年の時を経て。
新しき活字書体考案に取り組む青年・甲野が会社の代表・高遠に依頼され、弔堂を訪れようとして道に迷うところから、物語は始まる。
坂の途中の茶屋の主人・鶴田は「自分は行ったことがないが行き着ける」と説明し、実際甲野は弔堂に辿り着く。
夏目漱石や岡倉天心をはじめとするあの時代の著名人たちと出会い、彼らへの選本を横で聞き、下宿仲間の伯父の形見である錦絵を買い取ってもらったり、自分の郷里での仕事(版画の彫師)に思いを馳せたりしながら、日々を過ごしているのだが、彼には郷里に何かしらのわだかまりがあるようである。
甲野の会社の代表である高遠は、1作目『書楼弔堂 ~破暁~』の案内人・高遠ですねぇ。破暁のラストで姿を消した彼が、さりげなく「印刷造本改良會」なる会社の代表として、〈書物〉に関わる人物として登場。
この『~霜夜~』がこのシリーズの最終巻であるという前情報は知っていたのですが、たぶん弔堂での経験に触発されて印刷造本の改良を目指す仕事をするようになったというのが嬉しかったですね。
弔堂に至る途中にある茶屋の主人は3作目『書楼弔堂 ~待宵~』にで案内人・弥蔵と親しくしていた利吉(鶴田)で、弥蔵も時折は登場。
そうなれば2作目『書楼弔堂 ~炎昼~』にの塔子の行方も?と気になっていたら、終盤にかけて弔堂の書物の一部を取り扱う者として登場。彼女も、物語ののちも弔堂に出入りし、己を取り囲む圧力を受け流して、彼女らしさを身に着けていったようです。
彼らの登場と活躍、このシリーズの集大成という感じで、感慨深かったです。
物語の途中で、『~破暁~』の頃から15年といういう記述があったのですが、そういえば初期にはまるで子供だった撓(しほる)も、小生意気な小僧~少年~青年、と成長しましたね(笑)。実は彼の正体は、弔堂主人・龍典(書舗の主となる前は僧籍にあった)以上に謎。不思議な存在でしたね。いずれ、どこかの物語にスッと登場するかもしれない、なんて期待しています。
弔堂主人が、甲野のもとに挨拶に訪れ、手渡した甲野の父の刷った長野版画。別れの挨拶と共に贈った、大切な人との再会。
書物だけではなく人と人との繋がりも、さりげなく手渡してくれる弔堂主人・龍典。いつかどこかで、また出会いたいですね。
甲野が郷里のわだかまりに逡巡し、行動を起こせずにいたところ、物語の最後で私が思っていた以上に明るく未来ある温かなシーンが訪れ、章タイトルの「誕生」にふさわしい展開となって、胸が熱くなりました。
母は強し、ということでしょうか。二重の意味で。
時代の流れ、書物の存在意義や影響の変遷、その流通、関わる人々の思い、弔堂に集う著名人たちを描き、そして弔堂は閉じられる。
書物は「何が書かれているか」ではなく読んだ人が「どう受け止めるか・何を感じるか」である。
同じ状態を維持するためには、常に変わっていなければいけない、世界は常に流動し続ける・・・天馬塔子のことばが、そして弔堂主人の別れの挨拶が、このシリーズを本好き・書物好きのための物語であったことを、再認識させてくれました。
各章の終わりの言葉は、
~それもまた、本の中に記されていることでしょう。~(本文より引用)
であり、それぞれの章に描かれる著名人たちの功績などを締めくくる言葉となっています。
ただ、この物語の最終章の締めくくりは。
~~だから、僕も、そして書楼弔堂も、本中に記されることはーーー。ない。~~(本文より引用)
記されることはない、と断言された出来事が、この『書楼弔堂 ~霜夜~』で記され、我々読者の元に届く。
物語が完結したことが、顕著にわかる終わり方でした。
清々しく美しく、そして寂しく感じました。
もっと、様々な著名人たちの〈唯一冊〉との出会いを読みたかったし、もっと整っていく出版流通、古書流通、図書館の在り方の変遷も、知りたかった気もします。
でも、ここで終わることこそ、これからのそれら業界の広がりを私たち読者に感じさせ、それぞれの胸に希望のようなものを灯してくれるのかもしれませんね。
京極さん、ありがとうございました。
そして、これからも、たくさんの作品を世に出して行っていただきたいと、願っています。
なかなか追いかけきれないし、入手(図書館)しても、持ち歩くのが大変な〈読む鈍器〉〈神をも恐れぬ製本〉ですが、それでも(笑)。
そして、〈私のための唯一冊の本〉との出会いは、まだまだ訪れてくれなくていいです。
(2025.03.10 読了)
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