『Spring』/恩田陸 ◎


恩田陸さんの描く、芸術の世界の物語って、本当にすごい。
『蜜蜂と遠雷』のピアノコンクール、そして本書『Spring』のバレエ、どちらも真摯にその芸術に身を捧げた人たちの創り出す舞台を描くその物語が、芸術に素養のない私の胸にも響き渡った気がします。
バレエという芸術を愛し、バレエにも愛され、努力でチャンスをつかみ取り、舞台を作り上げようという仲間に恵まれ、自分の中の〈踊り〉を極めに極めて昇華していった、主人公・萬春(よろずはる)。その名に、一万もの春を持っている彼の、『Spring』

実を言えば、実際のバレエの舞台を見たことがありません。
TVやYouTubeなどの画面越しに部分的に見たことがあるだけで、バレエの用語や歴史などは今までの読書経験でちょっと知ってる程度だったので、読み始めは「物語についていけるかなぁ・・・」と、少々不安でした。
でも、春について語る、3人の彼への畏敬の念や温かい感情につられて、〈すごいのに愛おしい〉という思い入れがどんどん高まって、物語に惹き込まれました。
バレエの技巧描写もすごいのですが、場面場面に関わる登場人物たちの感情の動きがとても豊かに描かれていて、ニュアンスを感じられた気がします。
もちろん、バレエに詳しい方は、もっともっと楽しめるのでしょうけれど。

春のバレエ団のワークショップ参加時からの友人でバレエ学校同期になる深津、春の教養の土台を提供し春の最初のファンである叔父、幼馴染でヨーロッパで音楽活動をしている七瀬、彼らはそれぞれに春を語る。
子供のころから他人とは一線を画した天才で、確固とした個性をもっていて、自らの中にすでに踊りがあるかのような、ダンサーであり振付師である春。
一点の曇りもないような、完璧にバレエとその神に選ばれたかのような春には、迷いや葛藤や苦悩があったとしても、きっと乗り越えて舞台を仕上げられるという確信が持ててしまいました。
なので、読んでいる途中で「この物語の終わり方は、どんな形になるんだろうか」「もしかして、春に何かが起こってしまうのではないか」という不安がひたひたと押し寄せてきてしまって、ちょっと苦しかったです(その心配は全くの杞憂でしたが)。

最終章は、春自らが、自分を語り始める。
幼少期、バレエに対する深い思い入れや価値観、振付の師匠への敬愛、舞台を作り上げる仲間(ダンサーだけじゃなく音楽関係などのスタッフも含められる)への信頼と彼らの能力を信じて磨き上げるそのストイックさ、磨いて磨いて、築き上げて完全な形で観客の前で披露される舞台。
そして、春本人のためのソロ演目「春の祭典」。春が、世界を「戦慄せしめた」その舞台の幕が下りた時、物語は終わる。

ああ・・・、情景が完全に見えたわけではないけれど、私の中で春の描くバレエはニュアンスとして完全に成立していました。
見えたわけではないのに、その舞台とこれからの春の飛翔が感じ取れました。
それは、本当に素晴らしい体験でした。
思わず、読み終えた瞬間に「恩田さん、ありがとう」とつぶやいてしまったほどでした。

ところで、中性的(あるいは両性具有的)に美しいと評された春ですが、彼の語る章の冒頭で〈同期で正統派王子系ダンサー・フランツ〉との関係がさらっと明らかにされて、読んだ瞬間に「えっ?!!あっ・・・!いや、あ、う、そうなの?」とホントに声に出して反応してしまいました(笑)。
しかも、追い打ちをかけるかのように、フランツの母・ユーリエとの関係までも。
いや、なんというか「春ってアセクシャル」なのかな~、って勝手に思ってたので、本当に驚きました。
のちのユーリエとの会話で、「フランツも自分も恋焦がれる対象はバレエの神」「バレエの神とヤれそうなこいつとなら、間接的に神とヤれるんじゃないかと考えてた」とあって、あながちアセクシャルでも間違ってはいないのかな‥という気にもなりましたが。
完璧なバレエの申し子のようでいて、それでもバレエの神に恋い焦がれ、報われず、ひたすらに追い求める。
春がずっと進化し続けていける理由は、こんなところにもあったのかもしれませんね。

(2025.03.28 読了)

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この記事へのコメント

  • 苗坊

    こんにちは^^
    恩田さんが書かれるバレエの世界、美しかったですよねー。私もバレエを見たことが無くて、1度でも見たことがあったらもっと世界が広がるだろうなぁとちょっと悔しい気持ちで読んでいました(笑)第三者から語られる春と、自らを語る章は似てるようで違うところももちろんあって面白かったです。個人的に叔父さんの稔の章が好きでした。
    2025年04月01日 09:36
  • 水無月・R

    苗坊さん、ありがとうございます(^^)。
    バレエを知っていたら、もっと楽しめたかも・・とは思いますが、知らなくてもニュアンスとしてしっかり伝わる恩田さんの筆力に、感服しましたねぇ。
    叔父さんの章は、春の土台がどのようにして形成されたかが、丁寧に描かれていて、私も好きな章です。
    傍から見れば、天才的でバレエに関しては何でも難なくこなしているように見える春でも、苦労や苦悩もあったことがわかる最終章も、好きです。
    2025年04月01日 15:34