『消滅世界』/村田沙耶香 〇


人工授精の技術が進歩し、人類が性愛を失いつつある世界。
いやぁ、村田沙耶香さん、相変わらず軽やかに「とんでもない設定」をぶっ込んできてくれますね~。
この『消滅世界』はユートピアなのかディストピアなのか、非常に考えさせられました。

人工授精の技術が発達して、ほぼすべての人々が直接的な性交ではなく人工授精で子孫を残すことになった。
恋愛は、〈ヒト〉ともするし〈キャラクター〉ともするが、結婚相手と性交するのは「近親相姦」だという。
さらに、日本における実験都市・千葉では、徹底した妊娠・出産・育児管理が行われ、男性も人工子宮を着用しての妊娠が可能だという。
主人公の雨音は、そんな世界の中で育ち、多少の違和感を覚えつつも結婚・離婚・再婚をし、2度目の夫・朔の関係のこじれた恋人が自殺未遂をした末に夫に別れを告げたことから、実験都市への移住を決意する。
友人同士のふりをして同じマンションの隣どうしの部屋に住み、友人の医師の助けを借りて、お互いの卵子と精子を使って同時に人工授精し妊娠したが、雨音は流産、朔は初の男性出産者となる。
二人は妊娠出産の過程でどんどんすれ違っていき、最終的には離れて暮らす。
雨音は、一人で暮らしながら、とある「子供ちゃん」と出会い、彼を自分の家に招き入れる。

恋愛と性愛すら分離し、性愛の方はどんどんすたれていく世界。
なんとなく、若者たちの間で恋愛結婚が廃れつつある現代日本に通じるものがあるような気もします。

3つの章に分かれているのですが、Ⅲの章で実験都市に移り住んだ雨音たちが見聞き体験する画一化社会が、恐ろしかったです。
抽選で選ばれた人々が一斉に12/24に人工受精し(卵子も精子もランダム)、出産した子供は全員施設で育てられ、大人は(老若男女関わらず)全員「おかあさん」として公園に来る「子供ちゃん」たちを可愛がる。
子供たちは全く同じ表情で、服装も同じ、そしてよく見れば大人たちも子供たちと同じような表情になってきている。
個性を抑えるというよりは、個性をなくして同質化させ、管理しやすい人間を増やしていくかのような。
実験都市の住人たちは、それを受け入れ、もっともっと画一化されていくことを寿いでいるのです。
多分、それは、楽な生き方だと思います。だけど、そんな人類は、発展できるのでしょうか?同じことをし続ける、ただ「生きている」だけの存在になってしまうのではないか?衰退するのではないか?と、不安になってしまいました。
でも、もし私がこの物語の渦中にあったとしたら。抵抗することなく、その同質化を受け入れ、〈個〉をなくしてしまうような気がします。

そんな同質化の恐怖の物語のラストに、「子供ちゃん」を自室に招き入れた雨音がしたこと・・・。
かなり、抵抗がありますね。「正常と発狂」がともにある世界であったとしても。
でもきっと、雨音にとっては、この世界と同質化することの延長であり、またこの世界の限界を一つ越える行為だったのではないか、と思えました。

一つ気になったのが、こんなにも「人工授精」が進化した時代に、それでも胎児を育てる妊娠は〈人間〉の機能に頼らざるを得ないのか・・・、ということです。
なんとなく、これだけ生命技術が発達したなら、人工子宮を男性(あるいは妊娠に適さない年齢になった女性にも)に装着するのではなく、子宮そのものを機械管理できそうな気もするんですよね。
でも、そこまで行ったら、ホントに人間はブロイラーのようになってしまうかもしれませんね。
何のために子孫をつなげていくのか、わからない世界になるのかも。
でも、この物語の末は、そこまで行き着くのではないか、と余計に恐怖しました。


(2025.04.23 読了)

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