『しろがねの葉』/千早茜 〇


千早茜さんの直木賞受賞作、『しろがねの葉』
石見銀山で生き抜いたウメの、長い長い生涯を描いた物語。
銀山の放つ魔力に翻弄されながら生き抜く人々、繋がりゆく命の力強さが印象的でした。

貧しい農村から逃げ出した家族とはぐれ、石見銀山の片隅で山師の喜兵衛に拾われたウメは、生来の気丈さと夜目が利くことを活かし、自ら望んで間歩(銀鉱)に入って働き始める。しかし月のものが始まり、それを「穢れ」と嫌う銀堀達に行動に入ることを拒否される。
それでも、喜兵衛と小屋で暮らしつづけていたが、とある出来事に襲われ、喜兵衛が佐渡金山に渡り、幼馴染の隼人に娶られ、喜兵衛の死を知らされ・・・様々な出来事を経て、それでも銀山での暮らしをつないでゆく。

銀山で働く男たちは、いずれ病で倒れゆく。それでも、銀山での働き手をつないでいくために、残された妻は別の男の妻となり、子を産み育てていく。男たちの生き様、女たちの生き様、それぞれの強い心意気あっての銀山の暮らし。
その中で、銀堀になれなかったウメが、どのようにして生きていくのか。
物語始まりの方はそれがかなり気になっていたのですが、銀山風習の改革を進めるのではなく、他の女たちと同様に隼人の妻となり子を産み育て、銀堀達の町での暮らしになじんでいくウメに、「ちょっと残念だな」と思う気持ちと「このしぶとさこそが、当時の女性として最も強い生き方かも」とと思う気持ち、両方に揺れました。

自分を育ててくれた喜兵衛への思慕、幼いころから競い合ってきた隼人への親密な愛情、子供達への深い母性愛、隼人を失った後夫に迎えた龍への愛、関わりあった者たちの死、全てに揺れ動きながらも、自らは芯をもって力強く生き抜いたウメに、羨ましさすら感じました。 

ただ一つ、もったいないなと思ったのが、喜兵衛から教えられた鉱脈の情報を活かすことが出来なかったこと。
もちろん、むやみにそれをひけらかしては自分の身も危うくなっただろうし、下手をすれば石見銀山全体の盛衰を揺るがすことになっただろうと思うし、変な話「男ばかりの銀堀の世界で、唯一無二であった女銀堀」なんていう史実とかけ離れた存在になってしまっては、この物語の力強さが失われてしまうと思うので、これでよかったといえば、よかったんでしょうけれど。

最期の章の、山の中で暮らす「わたし」はウメのことなのだろうけど、銀山の衰退を全体的に見渡す存在でもあるのかな…なんて思いました。
この物語は「ウメの生涯」を描くものであり、「〈ひと〉を通して見る、銀山の盛衰」を描くものでもあったのかもしれません。

(2025.07.04 読了)

この記事へのコメント

  • 水無月・R

    todo23さん、ありがとうございます。
    ウメを通して、「銀堀になれなかった」ことを描いたのではなく、銀山に関わる全ての人の心意気を描いたと感じました。
    ウメだけではなく、老若男女関係なく銀山に関わる人々の力強さが、とても印象的でした。
    2025年07月04日 16:45