京極夏彦さんの〈百鬼夜行 シリーズ〉の本編のサイドストーリー短編集、『百鬼夜行 陰』。
シリーズ本編の、事件発生のきっかけだったり、背後で密かに起こっていたりする《狂気》が生まれる状況が描かれています。
どの《狂気》も、静かに発生進行し、当人にとってはとてつもなく苦しい状況なのに周りから気付かれることなく極まっていく様子が、恐ろしかったですねぇ・・・。
「小袖の手(こそでのて)」
小学校教諭、杉浦の狂気を描く。
「文車妖妃(ふぐるまようひ)」
『姑獲鳥の夏』のサイドストーリー。
久遠寺涼子の幼いころからの狂気。
「目目連(もくもくれん)」
『絡新婦の理』のサイドストーリー。平野が視線恐怖症になった、本当の理由。
「鬼一口(おにひとくち)」
『魍魎の匣』と『ル・ガルー』のサイドストーリー。
久保俊公に焚き付けられた狂気に喰われる鈴木。
「煙々羅(えんえんら)」
『鉄鼠の檻』のサイドストーリー。
明慧寺の消火活動に参加していた消防士の「煙」への執着。
「倩兮女(けらけらおんな)」
『絡新婦の理』のサイドストーリー。
女学校教師・山本の狂気。
刑事・岩川が悪魔のような少年にそそのかされ、道を外していく。
「襟立衣(えりたてごろも)」
『鉄鼠の檻』のサイドストーリー。新興宗派の教祖の孫が、教団の盛衰を思う。
「毛倡妓(けじょうろう)」
『絡新婦の理』のサイドストーリー。青線取り締まりから、叔母を思い出し、その最後を思い出す刑事。
「川赤子(かわあかご)」
『姑獲鳥の夏』のサイドストーリー。鬱病に悩む関口。川辺で「透明な胎児」を幻視し、更に悩みを深めるようになる。
どの物語も、読み始めてすぐに「あの事件の関係者だな」とぼんやりとでも思い浮かんでくるのが、すごいなと思います。
水無月・Rのザルな記憶力をもってしても、それぞれの事件のディティールが何となくでも浮かんでくるのですから。
それだけ、京極さんのストーリーテラーとしての能力が高いってことなんですよねぇ・・・。
シリーズ本編の事件に大きくかかわることもあれば、あまりないものもありながらも、それぞれ何かに狂わされる小さなきっかけがあり、それがどんどん育ってしまい、本編へと突入してしまう。
本編では深く取り上げられなかった〈狂気に取り憑かれた人物〉の経緯が、つぶさに語られる本作。
彼らがどんなことに出会い、どんな風に考えて狂っていったのかがわかると同時に、彼らが救われることがなかったが故に本編に突入してしまうことがわかっているのが、切なかったですね(もちろん彼らが救われたら、本編が成立しないことが多いのだから、そうなっては困るのだけど)。
最後の章の関口は、まだシリーズが始まる前の段階なのに、かなり参っている感じ。
というか、こんな状態にもかかわらず、前作『姑獲鳥の夏』事件に巻き込まれ(まあ、自ら調べ始めて、学生時代の自分の行動に悩むシーンもあったり)るのだから、なんというか「大変すぎる人生」を歩んでるんだなぁと、同情というかこっちまで鬱になりそうですね・・・。
そんな病状を抱えながらも、シリーズの様々な事件に関わり、毎度酷い目に合い、他の登場人物たちに軽んじられながらも語り手あるいは重要な定点観測点として存在する関口、実は「言うても実はすごい」のかもしれませんねぇ。
10編それぞれに違った狂気が描かれ、解決は見られないのがちょっと苦しかったですが、どれも本編につながっていくささやかながら重要な前日譚であったと思います。
〈百鬼夜行 シリーズ〉は、気力体力があるときじゃないと読めないので、なかなか次々とは読めないのですが、それでもこういうちょっとしたフックになる短編集もあるので、ゆっくり読み進めていきたいですね。
(2025.09.14 読了)
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