『亡霊の烏』/阿部智里 ◎


阿部智里さんの〈八咫烏世界 シリーズ〉は、華やかな姫君たちの后の地位や一族の野望をかけて華やかに競い合う物語から始まり、ドロドロとした政争、外界からの侵略、外界との関わりの真実とその歪さ、決定してしまっている世界の崩壊、それでもなんとかそれを引き延ばし融合させようという努力、苦渋の独裁、内乱の萌芽・・・と、壮大なドラマが描かれてきました。
本書『亡霊の烏』は、その大きな流れに更なるうねりを加える物語となりました。

雪哉・・・。
私にとって〈博陸候雪斎〉は今でも、真の金烏・奈月彦に振り回されながらも、より良き山内を作り上げるために奔走する、真摯な青年なのですよ。奈月彦の崩御から様々な分岐を経て、独裁者として君臨しようとも、それでも尚〈雪斎〉ではなく〈雪哉〉であり、真に山内の未来を憂い、悲壮の志を隠して冷徹を装っている・・・と。
物語を読み進むにつれ、彼がすべての矢面に立ち最終的な犠牲になることで、なんとか山内の崩壊を減速化し外界との融合を少しでも穏やかな方向へ持って行こうとしているのだろう、という推測は確信に近くなるのですが。
山内の人々のギリギリの幸福のために、自らを擲って世界を守ろうとするその孤独が、本当に切ないです。
彼が物語を去る瞬間、登場人物たち誰にも顧みられなくても、読者たちはきっと彼の献身に心を動かされることでしょう。
少なくとも、私はきっと、泣く。私が「雪哉、よかったね」というラストは、来ないんだろうなと思います。でも「雪哉、頑張ったね、ありがとう」と言うだろうことは、確信に近いものがあります。彼はきっと、山内の人々に感謝されることを望んでいない。ただ、ひたすらに山内に尽くして果てることが、彼にとっての報いになるのだろうな・・・切ない。本当に切ないです。

亡き真の金烏・奈月彦の内親王、紫苑の宮。前巻前作『望月の烏』で入水し姿を消した落女・澄生の真の姿であったことが、物語の最後に宣言されました(まあ、読者たちはもう知ってましたけど)。
黄烏・博陸候雪斎(雪哉)の独裁、貴族社会の権謀術数、現金烏代・凪彦の理想と苦悩、嵐に巻き込まれる平民たち、革命を歌い上げる紫苑の宮。
これから、それぞれが守りたいものを守るための戦いが始まるのだろうと思います。
本作では登場しなかった、外界(人間界)側の安原はじめたちも、それぞれの役割をもがきながら果たしていくことで、また物語はさらに大きなうねりを作りながら進んでいくのでしょう。

それにしても、雪哉の母親違いの弟・雪雉とその母・梓と雪雉の妻の花江が暴徒に襲撃され亡くなった後、雪哉の父の漏らした「生ませるべきではなかった」は、あまりにも酷い言葉で、愕然としてしまいました。
確かに、本家に押し付けられた病弱な妻が意地と命を賭して生んだ雪哉は、父にとって遠ざけたい存在であっただろうし、こんな事件が起こってしまった遠因ではあるかもしれない。そうだとしても、口にしてはならない言葉。
そして、それを聞いてしまった雪哉には、母と弟を失ったことに加え癒えることのない傷が、深く深くついてしまった。
そうであっても、雪哉は自分の歩みを止めないのだろうなと思うと、本当に切なくて苦しくて、やりきれないです。

どうしても、この〈八咫烏世界 シリーズ〉の主人公を〈雪哉〉だと思い込みたい気持ちで読んでしまうので、その他の登場人物への言及が少なくなってしまいますね。

紫苑の宮の思想は美しいけれど、実現に向けては難しいことがたくさんあるし、宮烏と山烏との溝をどうやって埋めるのか、外界とどう関わっていくのか、危うい部分が数多ある。いくつもの陣営の思惑を融合させ(あるいは屈服させ)、どうやって山内の崩壊を着地させるのか。
物語の行く末を、見守っていきたいと思います。

(2026.01.26 読了)

水無月・Rの〈八咫烏世界シリーズ〉記事
『亡霊の烏』 ◎(本稿)



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この記事へのコメント

  • 苗坊

    こんばんは。
    私も、ずっと雪哉の面影がずっと残っていて、いつか雪哉としての姿も見れたら良いなーなんて思っていたんですけど、それは叶わなそうですよね。お父さんが言った言葉は本当に悲しくて、雪哉も逃げ道が完全に閉ざされてしまったようで辛かったです。
    一方で凪彦や蛍や紫苑の宮など若い人たちが頑張っている姿も応援したくなります。
    いったいこの物語がどう着地するのか、私も見守っていきたいと思います。
    2026年01月27日 20:22
  • 水無月・R

    苗坊さん、ありがとうございます(^^)。
    山内の崩壊を避けることが出来ない以上、雪哉が憎まれ役として大きな存在であればあるほど、〈雪斎を倒した陣営〉の安定につながる・・・ということなんだと理解はしてるんですが、でもやっぱり納得いかないんですよね・・・。
    雪哉自ら、そういう風に画策しているけど、それでも切なすぎますよ・・・。
    切ない、苦しいと思いながらも、この物語がどのような形になっていくのか、見守っていきたいですね。
    2026年01月28日 17:13