『影王の都』/羽角曜 〇

砂漠のどこかに時々出現するという、〈影の都〉。そこに唯一人君臨する〈影王〉は時折、人を呼び寄せるという。第一回創元ファンタジイ新人賞・選考委員特別賞受賞作、『影王の都』(受賞時タイトルは「砂の歌 影の聖域」)。羽角曜さんの新人とは思えない煌びやかで幻想的な描写に、非常に惹き込まれました。 影王に呼ばれたイーラとヴィワン、砂漠を目指すリアノと喋る髑髏、リアノの兄ガレルーンの物語がそれぞれに展開し、最終章に向かって一つの輪にまとまっていく。イーラにしろリアノにしろ、たおやかな年若い女性が、自分の置かれた状況に折れることなく自らを強く持って道を切り拓いていく様子が、とても心地よかったですね。2人ともとても聡明だし。 ガレルーンが一番苦労してたような気がしますね(笑)。故郷を離れ、港町の有力商人の屋敷で男娼を経て秘書になり、喋る髑髏の不思議に触れて砂漠の国に飛ばされ、一緒に飛ばされた少年が王の子になりすまそうとしたり、妹の消息を知っている男と遭遇したり、その男を追って抜け出そうとして命を失ったり・・・。しかも、ラストシーンでガレルーンに直接の救済はなかったわけで。ただ、直接はなかったけど違う展開になったのだから、たぶん救われたんだろうとは思うんですけど。 砂漠とファンタジーという幻想的な舞台に、喋る髑髏というコミカルな存在を加えて、軽快に物語が進んでいき、〈影王〉が生まれるに至ったストーリーのキーワードが意外なところから現れては、惑わされました。物語のそれぞれの繋がりが変だな…と思っていたら、最終章…

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『ミツハの一族』/乾ルカ ◎

美しい、本当に美しい物語でした。 札幌に程近い、開拓村。水源を守る神に選ばれた、二つの役目の者たち。 乾ルカさんの作品は、6年も前に読んだ『蜜姫村』以来ですねぇ。 『ミツハの一族』は、近代から現代への過渡期である大正時代にひっそりと息づいていた古きしきたりとそこに関わる若者たちの、美しい物語でした。 故郷の宮司である従兄の死に伴って、北海道帝大の医学部に通う八尾精次郎は村の水源を守る『烏目役』の後継として、「鬼」を見るよう『水守』に命じることとなった。 黒々とした目を持ち闇目の全く効かない烏目役と、逆に瞳の黒さがあまりなく、光の中では目も開けられないむくろ目を持つ、水守。 水面に立つ「未練を残して死んだ者=鬼」の様子を見ることのできる水守、水守の報告を聞きその未練を解消させるために何をしてもよいという権限を持つ烏目役。 2人の若者とそれを手助けする社仕えの橋野富雄は、井戸の水が濁る度に「死者の未練を読み取り解消する」ことを繰り返し、村の水源を守ってきた。 むくろ目ゆえに、隔離して育てられてきた美しい水守、水守の身体の秘密を知ってなお焦がれる気持ちを失わず、水守の孤独を晴らせるように様々な知識を与えてきた清次郎。 幾人かの鬼が現れ、その未練を知り、それを晴らすためにどうすればいいか模索する清次郎たちの物語は、信州から北海道へと開拓移動してきたという文化も絡んで、とても興味深かったです。 人里隔てて育てられてきた水守の「未練解消」への提案が、最初は情の無いものであったのが、…

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『常夜』/石川緑 〇

大学院で民俗学を専攻し地方の博物館の学芸員になった男が、日々の仕事やフィールドワークのさなかにふと出会う幽やかな出来事の数々を描いた、『常夜』。『幽』怪談文学賞 長編部門大賞受賞作である本作がデビュー作の石川緑さん、作者と同名の民俗学者が主人公となって、巡り合う怪異を淡々と語る物語。 つかみどころが、ない。そして、常にすぐそばに「死」があり、ひっそりと忍び寄ってきている。しかも、主人公である石川は、唯々諾々とその流れに従ってしまっている。なのに、何故かそれに攫われることなく、現実感のない日常を生きている。 怪談文学賞の大賞作ではあるけれど、怪談と言うほど怖くはなく、民俗学的な怪異を淡々と書き記し続けられていて、逆に石川の正気が心配になりましたね。日常として学芸員の仕事をこなし、結婚もして生活もちゃんと送っていながら、地に足がついていないというのとは少し違う、気持ちの半分をどこかに置き忘れてきてしまったかのような日々。 恩師との間に生じている微妙な距離感の理由がよくわからず、恩師の話になる度に居心地の悪い思いをしました。別に確執があったわけでもなさそうだし、何なんだろう…。その恩師・野々宮も、石川に対して煙に巻くような歯に何か挟まったような、微妙な態度をとる。モヤモヤするわぁ・・・。 まあ、物語のメインはそこではなさそうなので、とりあえず保留したまま読み進める。友人の死、フィールドワーク中に出会った妙に快活な男、宿泊先に現れ石川を襲う蟲や老人。地方にありがちな家同士の見栄の張り合いに巻き込ま…

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『ついに、来た?』/群ようこ 〇

これは・・・、ちょっと切ないわぁ。そろそろ、親がそういうお年頃なので、「介護する側」として読むと、大変切実で・・・。群ようこさんの描く「親の老い」についての8編。『ついに、来た?』ってタイトルも、ホントに切実です。あ、でも、内容はそんなに悲壮なものではなく、くすっと笑えるようなこともあったりするので、読みやすいです。 親はいつまでも丈夫でしっかりしてる…わけない。稀にそういう人もいるかもしれないけど、多くの場合、色々なところが衰えてくる。それに対しての完璧な準備なんてないし、大丈夫であって欲しいという願望で現状から目を背けてしまったりするから、それこそ「ついに来た」その時に、慌てる羽目になる。 大変身につまされますねぇ。「老い」は、改善することはほとんどないですもんね。どの物語にも、親や親類の衰えを認めたくないとジタバタし、そのうちそれを認めて何とか対処をする人たちが描かれて、気持ちの綿でも大変なんだというのがとても伝わりました。もちろん、体力や時間も取られますしねぇ。 だけど、何が大変って、「老いの衰え」を認めずに協力してくれない人がいるのが、一番大変なんだなとわかりましたよ。読みながら「体面を気にするより、専門家の協力を仰ぐ方が大事だろうが!」とか「お前の親だろうが!」とか「妻だけに介護させるなぁぁ!」などと、唸ってた話、ありましたもん。いずれは私も介護に携わることになるのでしょうが、一人で抱え込まず、周りと協力し合っていかなきゃなぁ…と思いました。ホント。 認知症の方も、体の方も、ど…

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『悲嘆の門』上・下/宮部みゆき 〇

宮部みゆきさんの、『英雄の書』の続編。〈無明の地〉において〈万書殿〉を守る、『悲嘆の門』。その門番と戦うための力を集めている戦士・ガラ。ガラの存在を知ってしまった主人公・孝太郎は、彼女の力を分け与えられ、〈言葉〉が見えるようになる。 分厚い上下巻、起こり続ける陰惨な殺人事件、女子中学生のネットいじめ、失踪する浮浪者たち。読んでいて気が晴れるようなことは起こらないのに、それでも読むのをやめられませんでした。現実の世界にだんだんとファンタジーが紛れ込んできて、ファンタジーが色を濃くするときの不穏さと胸のざわつきに囚われて、引きずられるように読み続けて、最後を迎えた時に残ったのは、予想以上に重苦しい気持ちでした。 前作では、誠実に「正」を培ってゆきたいと思っていましたが、それは可能なのだろうか、と思わずにはいられません。事象の表裏は一体。表が力をつければ、裏も・・・力を増していく。正邪ともに育てるのは、人である。前作では、〈物語〉の力を見せつけられました。本作では、「それでも、生きていく」という重さがのしかかってきました。「生きていく」ことは、物語作り出しその中でいくつもの選択をし、進んでいくこと。〈私(水無月・R)の物語〉の凡庸さ卑小さに気付いて、ちょっと悲しくもなりました(笑)。いやまあ、不満はないですけど。 上巻半分読んでも、個々の事件は語られるものの、本当の繋がりが見えてこず、不安はいや増すばかりでしたね。下巻に至っても、連続殺人事件の方は思われていたような事件ではないことは判明しても、孝…

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『怪談』/小池真理子 〇

あれぇ・・・?『怪談』なんていうシンプルなタイトルだと、ゾワゾワ系のすっごく怖い話かと勝手に思ってまして、ちょっと、肩透かしでした。私、小池真理子さんは、あまり読んだことが無いのですが、たぶんドロドロの恋愛ものの方が好きかも・・・。 〈怪談〉と言えば〈怪談〉だけど、ぞっとするようなホラーではなく、説明しがたい不思議な現象が起こって…という感じ。登場人物たちも、その現象を怖がっているというよりは、状況に流されて受け入れてしまっていて、怖いというより、仕方なかったり、案外それを喜んでたり。オチもあんまりきちんとついてなくて「え?…それで、どうしたの?」というツッコミを入れてしまう作品が多かったです。 ああ、そうだ。「彼岸と此岸の境目」は茫洋として、いつの間にか「息をするのも忘れてしまいそう」な感覚を登場人物たちが感じているにもかかわらず、読んでいる私ははっきりと覚醒していて、ひどく冷静に物語を読んでたようにおもいます。珍しく、物語と自分の間に、はっきりと距離が取れていました。こういう読み方をしたのは、久しぶりかも。 「座敷」が、一番ゾワゾワしたかな。病死した夫の、その弟と再婚した友人。古くて広い屋敷に住む彼女は、前の夫の気配に怯え続けている。その家に泊まった主人公は、夜中に屋敷内をさまよい、とある一室にたどり着いてしまう。…そこにいたのは。割とスタンダードに怖かったです。 逆に「同居人」は、山の中で暮らす老画家が、時折出没する子供の存在に心癒されながら生活してたら…最後に出てきた髪の長い女は、…

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『我慢ならない女』/桂望実 ◎

・・・なんか、すっごく、良かった!!辛辣で率直すぎる小説家・ひろ江と、ひろ江を支え続ける姪の明子の物語、『我慢ならない女』。桂望実さんは、初めて読む作家さんですね。エキセントリックな作家の物語はたくさん読んできたし、作家を取り巻く人々の変わり身の早さの物語もそれなりに読んできたけれど、それでも、ひろ江の〈物語への情熱とゆらぎと再生〉の物語は、胸に迫るものがありました。 タイトルにある〈我慢ならない女〉は、誰だったのか…いろいろ考えました。読者にとっての、ひろ江。読者にとっての、明子。ひろ江の周りの関係者にとっての、ひろ江。お互いにとっての、ひろ江と明子。そのほかいろいろな組み合わせがあるな…と考えて、ふと気づきました。〈我慢ならない〉のは、〈とある人にとって我慢が出来ないぐらい酷い人物〉という意味でありつつ、〈我慢することが出来ない人〉という意味でもあるかも、ってことに。自分の「業」を我慢することできず、身を削ってでも創作活動を続けるひろ江も、叔母の才能に圧倒され、一直線にそれを信じて支え続け、その為には多少の無理押しも厭わず行動し続ける明子も、〈我慢ならない女〉だったのかもしれません。2人の、最高の復讐には、スカッとしましたね!明子の復讐は、元旦那に思い知らせることは出来てないけど、ひろ江と明子2人の溜飲が下がったなら、それで問題なしですね♪ でも、何だろうなぁ・・・タイトルに据えるにはちょっと違うかなぁ、という気もしたんですよね。ちょっとストーリーの本旨から外れるような気も。いやでも…どう…

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『ワンナイト』/大島真寿美 ◎

とある夜に、「結婚を考えている人たちの、真面目な合コン」があり、そこで知り合った男女の「その後」が描かれる。大島真寿美さんは、たぶん初読みですね。登場人物たちの内心をテンポよく描写する文章が楽しくて、サクサクと読めました。〈たかが合コン、されど合コン〉な『ワンナイト』。実はわたくし、合コンというものに参加したことがなく(笑)、大変興味深く読ませていただきましたわ(^^)。 30代半ばに入っても、オタク街道まっしぐらの妹・歩を心配したステーキハウスのオーナー夫妻が、お客さんのツテをたどって開催した合コン。男性は、客である野畑の部下・戸倉と野畑の知人・米山、ステーキハウスに酒類を卸している酒問屋の息子・小野。女性は、客の住井とその友人の宮本、そして歩。あまり盛り上がることもなく、可も不可もない状態で終わったように見えたその合コンだったが、そこから6人とその周りの人々に、様々な変化が訪れる。 いやぁ・・・一番笑ったのが、戸倉と合コンをドタキャンで逃げ出した平泉の衝撃エピソードですよねぇ!いや、なんか途中から「平泉さんて…もしかして?」と気付いてからは、笑いをこらえるのに必死だったんですけど。衝撃の告白があっても、ちっとも理解できてない戸倉の「フツー」っぷりがもうホント、たまらなかったですね。何故か「お付き合い?・・・なのかな?」な歩との交際に平泉が混じっちゃうのが、すごい(笑)。しかも、オチでは平泉にも年配のパートナーが出来て、4人でシェアハウスとか・・・とっても自由ですよね~!恋愛のドロドロがない…

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『教科書では教えてくれない日本文学のススメ』/関根尚 〇(コミック)

『乙女の日本史 ~文学編~』を読んだ時に気になった「乙女のための参考図書」の一冊、関根尚さんの『教科書では教えてくれない日本文学のススメ』。割と軽めのネタで、知ってることも多かったのですが、マンガキャラ化してる文豪たちが、肖像写真にそっくりなうえに、特徴をよくとらえてデフォルメも加えてて、ニヤニヤしながら読みました。近代文学ってとっつきづらい(私もあんまり得意ではない)けど、こういうノリで文学そのものというより作家像を紹介する漫画、入門編としては、なかなか良いのではないでしょうか。文豪たちのキャラクターデザイン、妙に愛嬌あるし(笑)。 夏目漱石、樋口一葉、石川啄木、森鴎外、宮沢賢治、芥川龍之介、太宰治、三島由紀夫、川端康成、中原中也・・・、と、そうそうたるメンバーが取り上げられてるんですが、彼らが一堂に会するのは、とある不動産会社が所有する「文豪の霊たちが住む」という「文豪荘」というアパート。そこへ女性新入社員が家賃の取り立てにやってくるという設定です。その新入社員、あんまり文学に詳しくないので、文豪たちやアパート管理人の武藤氏とのやり取りがもう、頓珍漢で(笑)。あっさり払ってくれる文豪はいいのですが、何かと理由をつけたりだんまりを決め込んだり、回収もなかなか大変です(笑)。褌一丁で出てくる人まで(三島由紀夫)もいるし・・・。しかし、菊池寛や金田一京介って、そんなにお金持ちだったんですかね(笑)。あちこちで、文豪たちを援助してる…(^^;)。 自殺に心中、尊敬しすぎて真似っこ、酒や女にだらしが…

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『まばたき』/穂村弘 酒井駒子・絵 ◎ (絵本)

モンシロチョウが、花から飛び立つ瞬間など、『まばたき』ぐらいの短い瞬間を描く絵本。穂村弘さんというと、私的には雑誌『ダ・ヴィンチ』の「短歌ください」の選者さんでなじみがあり、どんな絵本なのだろうと、ふと気になって図書館から借りて来ました。酒井駒子さんのやや暗く静かな絵が、とてもいい雰囲気です。 モンシロチョウ、鳩時計、猫、角砂糖を入れた紅茶、みつあみの少女。ただ、それだけ。その瞬間を切り取って、言葉もたった一言ずつ。それでも、ゆっくりとページをめくっていく。心が凪いで、自分の重心が定まってきたような気がしたところで、みつあみの少女。「みつあみちゃん」と呼ばれた少女は、ほんの一瞬の時の移ろいをすごし、絵本最後のページを飾る。 驚いたけれど、凪いだ心で、すっとそれを受けいれることが出来ました。時の流れというものは、まばたきをする、そのほんの一瞬でしかないのかもしれません。静かな、静かな、そしてとても大事な一瞬の光芒が、鮮やかに脳裏に浮かびます。大人向けの、絵本だと思いました。 (2017.04.26 読了) まばたき [ 穂村弘 ]楽天ブックス えほんのぼうけん 穂村弘 酒井駒子 岩崎書店発行年月:2014年11月26日 予約締切日:2014年 楽天市場 by

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