『老人ホテル』/原田ひ香 ○

老人ホテル [ 原田ひ香 ] - 楽天ブックス 原田ひ香さんの作品は、〈お金〉についての物語が多いですね。私がそういう作品に興味があるから、ってのもありますが。長期滞在の老人がたくさんいるビジネスホテル、そこで働く天使(えんじぇる)という名の若い女性が、老人たちから様々なことを学んで底辺生活から抜け出す…という物語。『老人ホテル』というタイトルと、表紙の背中に羽が生えたメイドさん風の女性のイラストから勝手に、素直で純粋な若い女性が、老人たちの知識を学び実践して成長する物語かと思っていましたが、主人公・天使が老人たちとかかわりを持ち始めるまでが結構長かったです(笑)。 TVの人気大家族番組の末っ子だった日村天使(えんじぇる)は、高校を中退し家を出て、その日暮らしに近い生活をしていた。ある日、水商売をしていた頃に出会ったビルオーナー・綾小路光子を見かけ後をつけると、光子が住んでいるらしいホテルには「清掃員募集」の貼り紙があり、天使は光子と再会するためにその職に就くことにする。 生活保護家庭(不正受給か、かなりきわどい計画的な受給)で育ち、なんとなくの生活を続けてきた天使が、光子から〈お金の稼ぎ方〉を学ぶまでが・・・長かったです。ちょっと間延びしてる感も・・・。 まあ、何とか光子とかかわりが持てるようになってからは、話は進みますが。ラストに、光子が息を引き取った後、光子が残したお金を天使が全部ではないにしろ抜き取ったのは・・・どう捉えたらいいのか、わからないんですよねぇ。盗みは悪いことだ!と断罪…

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『老いとお金』/群ようこ ◯(エッセイ)

老いとお金 (角川文庫) [ 群 ようこ ] - 楽天ブックス タイトル『老いとお金』のインパクトがあまりにも強く、書名を知った途端に図書館に予約を入れた本です。群ようこさん群さんの作品は、エッセイも物語もどちらもいくつか読んでいますが、軽い文章で読みやすくて好きですね。自分の身に起こったことを、当時の怒りは上手く薄めながらもしっかりと書き記してくれているのは参考になりましたし、なるほどなぁと関心もしました。 群さん、実家のお母さんと弟さんにたかられて大きな家を一軒建てたのに、その家の鍵を渡してもらえないとか、建てる際の約束を破られたりとか、けっこう酷い目にあっていたんですねぇ。もちろん、弟さん側にも言い分はあるんでしょうが、それにしても弟&母親がケチくさい。「長者番付」に載ったのを嗅ぎつけられて・・という経緯の段階で、警戒して然るべきだったのかも知れませんが、身内となるとなかなか関係を断ち切ることも出来ず、情もあるし・・・ということで、こんな事になってしまったんでしょうね。まあ、私にはそんな大金はないので、こんなことにはならないと思いますが、気をつけなくちゃな~なんて思いました。身内のトラブルは、面倒くさい・・・。 その家のトラブル話が半分ぐらいを占めていたのですが、それ以外は「老後に向けてお金を貯めるより、今の自分を機嫌良く過ごせるようにするため、お金を使う」という話や、作家という職業柄、体と依頼が続く限りは書き続けて収入が得られるという点で、老後を割と楽観されてるようでしたね。 その…

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『禍』/小田雅久仁 ◯

禍 [ 小田 雅久仁 ] - 楽天ブックス 7つの物語、どれもが「あちら側」に堕ちてしまう物語。残念ながら戻ってくることは出来ず、「あちら側で幸せに暮らしました」的なぬるい結末なものは、一つもない。小田雅久仁さんによるこの作品、表紙の描かれる黒くくすんだ(まるで手垢で汚れているかのような色合い・・・)身体の各部位が絡み合ってタイトル『禍』の文字を形成している様子が本当にぴったりで、不気味で悍ましかったです。正直、読後感は良くないです(笑)。 なんせ、7編ともにラストまで来ても救いはほとんどなく、物語の後の世界は絶望的なんだろうな・・という感じがして、読んでいて世界に引き込まれていた身としては、「うえぇぇ・・・」となってしまうのですよ。あちら側に堕ちて、あちら側の法則に則って幸せを感じていたとしても、その先の発展というか広がりが感じられない。まあ。「こちら側」の尺度で測るからかも知れないんですが、幸せのどん詰まりがチラチラと見えているような気がするんですよねぇ。だったら、個々で生きて、嫌なこともあるけど個々でちょっとした喜びとかを感じてるほうがいいんじゃないかって、思っちゃうのですよ。 それと、以前読んだ『残月記』に比べると、ちょっとインパクトが弱いかな~と。短編集だからかも、知れませんが。『残月記』に感じられた、郷愁や哀愁のようなものはあまり感じられなかったです。まあ、私の好みの問題です。そういった情緒的なものに偏らない物語を好む方には、こちらの作品のほうが良い評価が得られるかも知れません。…

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『驚異と怪異 ~想像界の生きものたち~』/国立民俗博学物館(編者:山中由里子) ◯(図録)

驚異と怪異: 想像界の生きものたち - 国立民族学博物館 基本的には物語読みのワタクシですが、書評で見かけて「面白そうかな?」と図書館に予約を入れてみました。国立民族学博物館の山中由里子さんという方が編者となって、2019年の国立民族学博物館での特別展示の際の図録として出したものです。気軽に予約して、受け取りに行ってビックリ。A4サイズ厚さ2センチ強、定価2700円+税、オールカラーではないけれど半分以上がカラーページで、コラムもたくさん。『驚異と怪異 ~想像界の生きものたち~』、思っていた以上のボリュームでした。 世界中の驚異を表現した美術品を、惜しみなく数多く取り上げていますねぇ・・・。年代もかなり古いものから、近現代のものだけでなく、ゲーム「ファイナルファンタジーXV」のクリーチャー造形に至るまで、とにかく幅広い。もちろん、地域もヨーロッパ・北米・アジア・アフリカ・中南米・オセアニア・日本・・・と、余す所なく網羅。 じっくり目を通そうと思ったら、とてつもなく時間がかかる上に情報量が多くて、私の残念な記憶キャパをオーバーしちゃいました(笑)。数多くある中で、気に入った分野は〈幻獣ミイラ〉の項目ですね。実在しない生物のミイラや骨格を作り、保管し、時には展示し曰くを語り・・・。制作者は、これらを作る際にどんなふうに造形を工夫し、来歴や解説を創造したのかと考えると、ワクワクしてしまいます。想像力をフルに使って、「それっぽい」古色蒼然さやおどろおどろしさを盛り込んで・・・。もしかしたら、作ってい…

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『黒鳥の湖』/宇佐美まこと ◯

黒鳥の湖 (祥伝社文庫) [ 宇佐美まこと ] - 楽天ブックス 悪い因果が絡み合いすぎてて、どっと疲れました・・・。イヤミスという感じではなく、少しずつ崩れていく主人公の「幸せの土台の脆さ」がこれでもかと畳み掛けてくる展開が、息苦しかったですねぇ。言ってしまえば、因果応報。安易に走ったが故の、不幸。宇佐美まことさんの作品は今まで読んだことがなかったのですが、なかなかにズッシリ来るものがありましたね。『黒鳥の湖』というタイトルから想像していた、「白鳥の群れの中の唯一の黒鳥の疎外感」ではなく「誰もが黒鳥であった」という物語に、げっそりしてしまいました。 伯父から引き継いだ財産を元に起業して規模拡大し、大手企業へと成長させた、財前彰太。美しい妻と一人娘、社長を務める会社は人材に恵まれ成長している。順風満帆なはずの彼の心をざわつかせるのは、巷を騒がせている「肌身フェチの殺人者」の犯行。調査事務所に勤務していた時代に、とある老人の依頼で探していた誘拐犯の犯行が、それにそっくりなのだ。そして、彰太にはその老人の執念を利用して、自分の伯父を誘拐犯に仕立て上げ殺させた、という誰にも言えない過去があった。あのときの本当の犯人が、時を経てまた同じ犯罪を犯しているのではないか・・・。 18年前の伯父の殺人に関して、たまたま犯人が捕まらなかったから良かったものの、素人の老人が殺人を犯したら簡単に捕まりそうだと思うんですが、そんな雑な計画に賭けるのは、あまりにリスクが高いんじゃないでしょうかね・・・。その点に関して…

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『華竜の宮』(上・下)/上田早夕里 ◎

華竜の宮(上) (ハヤカワ文庫) [ 上田早夕里 ] - 楽天ブックス華竜の宮(下) (ハヤカワ文庫) [ 上田早夕里 ] - 楽天ブックス 上田早夕里さんの、〈オーシャン・クロニクル〉シリーズ。260メートルもの海面上昇が起き、人類が生活できる陸上が激減した世界。少ない陸地と人工海上都市で暮らす「陸上民」と、海上で暮らせるよう、身体改造(遺伝子改造)して作られた「海上民」。群島と化した各国がいくつも集まる汎地域同士が、政治的に争う。タイトル『華竜の宮』が意味するものは、上巻ラストで明らかにされるのですが、いやあ・・・とても面白い作品でした!!このシリーズは、設定がかなりしっかりしていて、SFのサイエンスな部分にはちょっとついていけてない超絶文系人間のワタクシではありますが、それでも楽しんで読めました!すごい!! 海洋公館の外交官・青澄とアシスタント知性体・マキ、とある海上民の船団の長・ツキソメとその魚舟・ユズリハ、海上民から汎アジア政府の高官となったツェン議員、その弟で海上警備隊の隊長・タイフォンとそのアシスタント知性体・燦と魚舟・月牙・・・、様々な立場の登場人物(魚舟も海上民の双子である以上、人物扱いでいいのではと思っています)が、トラブルや政略の攻防の中、いかにしてよりよく生きるかを模索し、厳しく困難の多発する日々を乗り越えていく様子が、複雑にそして丁寧に描かれていきます。 あまりに色々なことが起き、それぞれが駆け引きをし、誰もが納得するような落としどころがない事態をなんとか収めても、…

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『望月の烏』/阿部智里 ◯

望月の烏 [ 阿部 智里 ] - 楽天ブックス 阿部智里さんの〈八咫烏世界〉シリーズの第2部4冊目となる本作、『望月の烏』。このシリーズの一番最初も〈后選び〉だったな・・・、再び后選びが描かれるのかと思うと、複雑な気持ちになりますね。シリーズ第1作『烏に単は似合わない』の時代とは、隔世の感があります。きらびやかに競い合いながら、それぞれに成長していく〈后候補〉の姫君たちの個性の美しさ・強さにとても心惹かれた物語でしたが、本作では同じ后選びながら、メインは若き金烏・凪彦の成長と挫折、落女・澄生と博陸候・雪斎(雪哉)の対立。シリーズを読み続けている読者はもう知っている、〈いずれ必ず起きる山内の崩壊〉に対して、どうしていくことが正解なのか・・・。 真赭の薄と澄尾の娘・澄生は、落女(女としての籍を捨てて官吏となった女性)となり、美貌と対応の絶妙さをもって宮中の官吏たちを魅了している。東西南北の重要貴族家から一人ずつ后候補を集めて、后選びをする〈登殿の儀〉。南家からは蛍(皇后内定)、東家からは山吹(側室内定)、北家からは鶴が音(羽母=乳母内定)、西家からは桂の花(立場なし)が選出され、桜花宮で暮らし始めるのだが・・・。 桜花宮での行事の際、目に止まった澄生を召し出した金烏・凪彦は、彼女から「博陸侯・雪斎から上がってくる報告は、宮烏にとって都合よく捻じ曲げられたものである」と聞き、彼女を通して庶民がどう扱われているかを知ることになる。もちろん、雪斎の息のかかった側近たちからの話も聞き、「金烏としてどうあ…

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『殉教〈闇の西洋絵画史(10)〉』/山田五郎 ◯

殉教 (アルケミスト双書 闇の西洋絵画史〈10〉) [ 山田 五郎 ] - 楽天ブックス You Tube「山田五郎 オトナの教養講座」で、絵画鑑賞初心者の私にもわかりやすく面白い絵画解説をしている山田五郎さん。本書『殉教〈闇の西洋絵画史(10)〉』は、全10冊からなる〈闇の西洋絵画史〉シリーズの、堂々最後の10冊目です。シリーズ前半の『横死〈闇の西洋絵画史(5)〉』と対になる、本作。〈横死〉は「非業の死」であり、〈殉教〉は「キリスト教における教義のために甘んじて受け入れる死」であるとすると、明確な対であるというよりは対比なのかしら。 キリスト教にあまり思い入れがないため、本書に取り上げられる絵画に関して今ひとつ関心が持てなかったことを、先に告白しておきます・・・。ごめんなさい、五郎さん・・・。でも、西洋美術の理解には、キリスト教の知識があったほうがより深まるので、ざっくりと読み流しつつも「いろんな拷問方法でなくなった聖人は、その方法に関わる出来事の守護聖人になったりするのね」ということを理解したりはしました。 しかし、殉教というテーマのみで、これだけの数の絵画が取り上げられる(多分これは主要なものであって、もっとたくさんあるんだろうと思います)のですから、「殉教図」から「信じるもののためであれば、苦痛にも耐えられる」ことを教えられた人々がたくさんいた、ということなんでしょうね。逆さ十字、火炙り、煮え湯責め、矢衾、斬首、かなりリアルに描かれるそれらの殉教図。結構エグいんですが・・・。 シリ…

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『コロナ漂流録』/海堂尊 ◯

コロナ漂流録 2022銃弾の行方 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ) [ 海堂 尊 ] - 楽天ブックス 海堂尊さんの前作『コロナ黙示録』・『コロナ狂騒録』に続く3部作の最終巻、『コロナ漂流録』。人類を、恐怖のどん底に叩き落した「Covid-19」のパンデミック。2019年の発生から、いくつもの感染拡大の波が人類を襲い、日本でも感染者数は増え続け、ワクチンが開発されれば推奨派と否定派が争い、治療薬を巡っては製薬会社の補助金詐取疑惑まで発生。今作でも、我々のいる現実世界の出来事を物語に落とし込み、キャラのたった登場人物たちが丁々発止とやり合い、2022年6月~2023年1月という短い間の出来事を、濃密に描き出しています。いやあ・・・毎度のことながら、「これ、大丈夫なの??」と心配したくなるぐらい、現実に沿った出来事や人物を批判たっぷりに描いています。 東城大学医学部付属病院。言わずと知れた、我らが〈桜宮サーガ〉シリーズの主要舞台でもあり、主要登場人物・田口センセ(今や教授)の職場でもある、この病院にある学長室(元病院長室)から、物語は始まります。愚痴外来(不定愁訴外来)室と学長室を取り替えっこしようという、高階学長の申し出に付属してきた、田口センセへの新人指導依頼。現れた新人は〈暴走ラッコ〉と命名された洲崎医師。 ・・・うわぁ、ダメだ(笑)。起こった出来事をかいつまんで書こうとしても、とにかくいろいろな事態が発生し、二つ名持ちの登場人物たちが存分に猛威をふるい、フィクションなのに現実で起…

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『マリエ』/千早茜 ◯

マリエ [ 千早 茜 ] - 楽天ブックス 千早茜さんは、曖昧に揺れ動きながらいつしか芯を見出して、そこへ踏み出していく心情を描くのが、ホントに上手いですねぇ。本作『マリエ』でも、アラフォーの主人公・まりえの、離婚~その後の生活~新しい出会いと迷い~そして心に決めた方向へ踏み出していく様子がつぶさに描かれていました。 ただねぇ・・・、まりえは恵まれてると思うんですよ。本人がちゃんと掴んできたものの結果だから、ずるいということではないんですが。責任はついて回るものの役職にも着いていて、都心で余裕を持って一人で生活できるだけの収入があり、7歳年下の男性と出会って微妙な関係を恋人関係にすることのできる魅力(容姿だけじゃないけど)があり、年齢の離れた話し相手がいたり、婚活をはじめる勇気や思い切りがある・・そんな女性だからこそ、こんなふうに〈オトナの女〉な物語になるというか。アラフィフでしがないパート労働者でただのオバハンな私の、ヒガミかもしれませんけど(笑)。 「恋愛がしたい」という夫と2年掛けて離婚を決心して、新たに生活を始めたまりえ。コロナ禍も波がありつつも少しずつ落ち着きを見せ始めたころ知り合った由井くんとは、自宅で小麦粉料理を教える仲だけど、彼は曖昧な行為を見せながらもそれ以上の関係に踏み込んでくる様子もない。別れた夫から「積み立てていたお金を分けるのを忘れていた」と返されたお金を使ってしまおうと「結婚相談所」に登録して、〈作った自分〉で出会いを繰り返し、由井くんと恋人関係になり、結婚相談所…

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